全部◎だけど…野球強豪校に次々落とされ 「横暴性が校風にあわない」とはじかれる 話の肖像画 元プロ野球選手・張本勲<5>
《プロへの登竜門、第1志望の広島商を受験したが…》
やっぱり野球で甲子園に行きたい。それは夢ですよ。入りたかったのは広島商です。野球が強かった。中学3年生の夏の大会が終わった後、広島商の2年生になっていた山本さんから「うちの練習に来ないか」と誘われた。うれしかった。参加しました。山本さんから「お前、全部二重丸だぞ。もう入ったのも同然やな」「ありがとうございます」ってね。でも1週間後に不合格という連絡がきたんです。兄貴もビックリして、広島商に聞きに行きました。なかなか理由を言わなかったそうですが、「(私の)横暴性がうちの校風にはあわない」とはじかれたんです。
私、そんなにケンカした覚えはないんですが、やっぱりね。あちこちでケンカしてたんですね。自分ではそう思わなかったのですが。あのころはね、ちょっと顔を合わせたり、肩が触れたりすると「何、見てるんや」って言いがかりをつけたり、他校に強いのがおると聞くと遠征したり、くだらないことをやっていた時代でした。まだ戦後まもなくで荒れたときでしたからね。ケンカといっても、それって子供のケンカですけどね。
次に広陵に行ったんです。面接を受けた。「うちの高校を選んだ理由は?」と聞かれた。「野球が強い」と。でも余計なことも言ってしまった。「実は広島商に入りたかったけど、取ってくれなかったから、しかたなくここに…」と。「何っ、そんなの誰が取るか」って。口は災いの元ですね(笑)。(聞き手 清水満)