銭湯好きの女優・南沢奈央が明かす「服を着ない状態」から始まった“異例の付き合い”とは?
図解は動きだす
歩波ちゃんとの出会いは、5年ほど前だったか。都内を中心に、さまざまな銭湯を建築の図法を用いて描いた彼女の著作『銭湯図解』に、銭湯好きとして帯に推薦コメントを書かせてもらった。そこからわたしのラジオ番組のゲストとして来てもらって直接お会いすることができ、「また今度ご飯でも~」というノリで、「また今度銭湯でも~」と別れた。 「また今度銭湯でも~」がまさか実現するとは。すぐに連絡を取り合い、当時歩波ちゃんが番頭として働いていた高円寺の小杉湯でわたしたちは落ち合い、一緒にお風呂に入った。服を身につけない状態からプライベートな付き合いが始まったことは後にも先にもないが、一緒にご飯に行くよりも心の距離が近くなるのが早いことに気が付いた。だからわたしはそれ以来、舞台の共演者などをよく銭湯に誘っている。 わたしが初めて“整う”感覚を味わったときも、歩波ちゃんと一緒だった。銭湯ではなく、本格サウナ施設であるサウナラボ神田に行ったときだ。一緒には行ったけど、それぞれ好きなように過ごそうと、各々のペースでサウナを楽しむ。必ずしも喋らなくてもいいし、相手に合わせなくてもいい。そんな、ゆるい関係がとても心地よく、さらに池があって畳のあるサウナや、おひとりさま専用の小さな森がある内気浴スペース、水風呂の代わりのアイスサウナなど、新感覚のサウナを味わい、身体も心も整ったのだった。
そんな出会いを果たした画家・塩谷歩波の8年間のイラスト作品をまとめた『塩谷歩波作品集』が刊行された。作品集では、そんな銭湯やサウナはもちろんのこと、純喫茶、茶室、レストラン、水族館、劇場、そして架空の建物まで、多種多様な建築が図解されている。 歩波ちゃんの作品の特徴であり、わたしの推しポイントは、建築だけではなく、そこで過ごす人々が描かれていることだ。収録されていたインタビューでもそのことに触れていて、「それぞれの場所にいる“人”にも興味がある」とのこと。だからだろう、描かれている人々すべてに血が通っていて、愛に満ちている。ドラマが見えてくるようで、そういうのを妄想しながら作品を眺めるのも楽しい。ちなみに、「好きなお店(の絵)には、自分だって居たいから」ということで、本人も描かれているとのこと。ウォーリーを探せ気分で、歩波ちゃんを探してみるのもアリだ。 銭湯の作品を見ていくと、行ったことのある場所も多くてうれしくなるが、そういえば『銭湯図解』を見て行ったんだった!と思い出したり、ちょうど最近旅行してきた広島県福山の銭湯がとても素敵に紹介されていて、行けばよかった!と悔しい気持ちになったり。他にも、ずっと行ってみたいと思っている長野県野尻湖にあるThe Saunaの二つのサウナも図解されており、さらに欲が高まってしまった。旅行や山のガイドブックを見るように、これを見てまたお出かけの計画を立てたくなる。 これからできる・現実にはない建物を図解した「空想の建築」という章はまた、とてもワクワクする。まず最初の、サウナランド図解。緑溢れる空間に、さまざまなサウナが点在している。たとえば教会のようなサウナ。天井が高く、少し暗くなっているなかに小窓から光が差しこみ、神秘的。2~3人ほどしか入れないくらいの広さで、心穏やかに静かに過ごせそう。洞窟サウナ、キャンプファイヤーサウナ、寝転びのサウナ、眺めるサウナと個性豊かなものが多いが、目を引くのは、フェスサウナ。踊り、騒ぎ、タオル代わりにヴィヒタを振り回すという、音楽フェスのような賑やかそうな場所だ。お立ち台からは熱波師からアウフグースも。こうした妄想のサウナを妄想で味わっても、身体がほかほかしてくるから不思議だ。
眺めていて、こんなにも心が動かされる図解はあるだろうか。 楽しい。気持ちいい。美しい。面白い。美味しい。綺麗。かわいい――。こうして心動かされるのはきっと、歩波ちゃんの人柄だけではなく、本人の、そこにいる人たちの気持ちが表れているからだろう。これは、生きている図解だ。
新潮社