ノートルダム大聖堂がついに再開、何がどう変わったのか、見どころを超詳しく解説
芸術の歴史と現代の創造性の融合
ノートルダム大聖堂は歴史を通じて、装飾芸術の進化を表してきた。絵画、タペストリー、美術工芸品の豊かなコレクションも入念に修復された。 例えば、19世紀にシャルル10世の依頼でフランス最大のじゅうたんとして織られた聖歌隊用のじゅうたんは、モビリエ・ナショナル(フランス国有動産管理局、同国が保有する家具調度品を管理する政府機関)に属する、歴史あるゴブラン工場で細部まで修復された。大聖堂そのものをつくる大工や石工と同様、これらの職人たちは何世紀も技術を伝承している。 「私が特に感動するのは、さまざまな芸術や建築が地続きになっていることです」とジョス氏は話す。 それを象徴しているのが、アーティストのマルク・クチュリエ氏が制作し、1996年に設置された巨大な金の十字架だ。この十字架は、18世紀のピエタ(十字架から降ろされたキリストを抱く聖母マリアの彫像)の上にそびえ立っており、その両脇にはルイ13世とルイ14世の彫像がある。「そして背景には、このアンサンブルを見下ろす12世紀の中世建築があります」 来場者は歴史ある宝物とともに、現代アーティストの新しい作品も鑑賞することになる。洗礼盤、祭壇、司教座を含む典礼用の調度品はデザイナーのギヨーム・バルデ氏によるものだ。 「(デザイン)コンペティションに多数の応募があったなか、ブロンズを提案したのはバルデ氏だけでした」とジョス氏は説明する。「ブロンズには気品とシンプルさがあり、大聖堂の石とのコントラストが際立っています。建物の美しさとぶつかることがありません」
今後の展開は?
ノートルダム大聖堂の外側の工事はまだ終わっていない。パリ市は約5000万ユーロ(約80億円)を投じ、屋外の歩行者優先ゾーンに約1850平方メートルの緑地をつくろうとしている。 パリ市長のアンヌ・イダルゴ氏は10月、市庁舎での記者会見で、「パリの遺産を(より良く)紹介し、気候変動によって生じた課題に対応する」という目標を説明した。 ベルギーの環境デザイナー、バス・スメッツ氏が国際コンペティションに勝利し、ノートルダム大聖堂の周囲に植物と水で「微気候」が生み出されることになった。大聖堂の内部と同じくらいの寸法を持つ石灰岩の前庭は、森の中の「空き地」のように再設計され、夏に日陰ができるよう、160本の木が新たに植えられる予定だ。 これまで駐車場だった地下は、パリの名物である19世紀のパサージュ・クーベルを思わせる屋根付きの遊歩道に生まれ変わる。重要なのは、ノートルダム大聖堂がセーヌ川やクリプト(地下遺跡)と直接つながることだ。クリプトはあまり知られていないが、パリの歴史的な中心地であるシテ島(大聖堂が立つセーヌ川の中州)の調査で発掘された古代ガロ・ローマ時代の遺跡が展示されている。 そして何より、2025年秋に始まり、2027年に第1期の完了が予定されているこのプロジェクトは、来場者への対応の改善を目指している。ノートルダム大聖堂のギヨーム・ノルマン副主任司祭は「より良い宗教的体験」と表現し、大聖堂に入ると「変容の瞬間」を体験するかもしれないと話している。 ノートルダム大聖堂の前にあるポワン・ゼロ(ゼロ地点)は、フランスのすべての道がほかの都市へとつながる起点だ。大聖堂の前庭はパリ市民と観光客が集う場所として修復され、パリ発祥の地であるシテ島の憩いの場になるだろう。そして、イレレが「農奴が解放され、祝宴が催され、貧民が逃げ込み、契約が結ばれ、旅の前にささげものをささげる場所」と説明したノートルダム大聖堂は、再び人々の家になるだろう。
文=Mary Winston Nicklin/訳=米井香織