安野モヨコ「ハッピー・マニア」はなぜ支持されるのか 「恋愛至上主義」のあの時代を描く名作マンガ
日本が世界に誇る文化である「マンガ」。産業としても大きく発展し、今や単行本だけで月1000点以上が刊行されています。昔と違って、過去の作品を含む多くの作品が電子でも読める。となると逆に、どれを読んだらいいかわからない、という方も多いのでは? そこで当連載では、令和の話題作と併せて読みたい昭和、平成の名作をテーマごとにセレクト。手塚治虫文化賞選考委員も務めるマンガ解説者の南信長さんが解説します。 明治安田生命が実施した「恋愛・結婚に関するアンケート調査」(2023年)によれば、未婚者の約7割が「現在恋人なし」で、恋愛・交際に「あまり興味はない」「全く興味はない」という人が2割超。結婚を「無理にしなくてもいい」「したくない」人も5割を超えていた。今の若者にとって「恋愛」や「結婚」は必須のものではなくなっている。 【画像】80年代を代表する恋愛マンガの名作、吉田まゆみ『アイドルを探せ』
しかし、昭和の時代、特に80年代はそうではなかった。バブル景気へと向かう浮かれた社会状況のもと、恋愛至上主義ともいえるカルチャーが街にあふれていた。「合コン」「ディスコ」「ナンパ」「サザンとユーミン」「トレンディドラマ」……。 そんなキーワードに彩られた80年代を代表する恋愛マンガの名作が、吉田まゆみ『アイドルを探せ』(1984~1987年)だった。 ■80年代のリアルな恋愛青春ドラマ『アイドルを探せ』
10月には連載開始40周年を記念した特集本が刊行され、初の原画展も開催される同作の主人公は、短大生の藤谷知香子(チカ)。彼女が住むアパート「清和荘」には、パワフルで明るいバスガイドの武原千明と、同じ短大に通う漫画家志望でちょっと根暗な甘露寺恵(カンロ)が住んでいた。大学のサークルのイベントで出会った岩田晃佑(素朴な好青年風)に惹かれるチカだが、ある日、中学時代の同級生で初恋の人・永江淳一(プレイボーイ風)が現れて……。
“平凡な女の子とカッコいい男の子の運命的な恋のドラマ”ではなく、タイプの違う2人の男の間で揺れ動くチカの恋愛模様をリアルに描く。画期的だったのは、ストーリー上の本命であるはずの岩田ではなく、永江のほうと初体験してしまう点だ。岩田は岩田で、故郷の幼なじみの誘惑に乗ってしまう。それでも恋人同士となるチカと岩田だが、その後もすったもんだの連続で、なかなか腰が落ち着かない。 しかし、そんなふうに一筋縄でいかないのが人間というものだろう。チカだけでなく、千明やカンロの恋もしっかり描く。彼女らの恋もまた一筋縄ではいかない。いわゆる“できちゃった婚”をすることになった千明が、結婚式直前に「あたしまだ21なのに……あたし……なんにもやってないよ 一人でなんにもやってないのよ こんなんで結婚しちゃっていいの!?」と心情を吐露する。こうした描写が物語世界のリアリティを増していくのだ。