安野モヨコ「ハッピー・マニア」はなぜ支持されるのか 「恋愛至上主義」のあの時代を描く名作マンガ
リアリティといえば、少女マンガでファッションをきちんと描いたのも吉田まゆみが先駆けだった。ストーリーやセリフはもちろん、背景や小道具に至るまで、ひとつとしておろそかにしない。ほんの数コマしか登場しない脇役の性格すら見えてくるような丁寧な描き方は、よくできた映画を見ているようでもある。 当時流行のブランドやCM、ヒット曲などが具体的に描かれ、80年代文化を真空パックしたかのようなポップさも魅力のひとつ。そういう意味では、時代の記録としても貴重である。それでいてキャラクターや物語は普遍的かつリアルな恋愛青春ドラマであり、今読んでも決して古くないエバーグリーンな名作だ。
■90年代のヒロイン像『ハッピー・マニア』 平成に入ってすぐにバブルは崩壊したが、まるでバブルの熱狂をそのまま受け継いだかのようなハイテンションの恋愛ドラマを展開したのが、安野モヨコ『ハッピー・マニア』(1995~2001年)である。 「なんでみんな恋人がいるの?」「そして なんであたしには恋人がいないの?」という問いから始まる物語の主人公は重田加代子(24)。惚れっぽくアタマより先にカラダが動く“肉食系女子”だ(連載当時はまだそんな言葉はなかったが)。バイト先の本屋の客、同僚の彼氏、クラブで出会ったDJ、若手陶芸家、親友のフクちゃんこと福永ヒロミ(29)の彼氏の同僚(妻帯者)、自称小説家……と、運命の恋人を求めてさまよい続ける。
いや、「さまよう」なんてしおらしいものじゃない。後先考えず勢いで突っ走るさまは、まさに「恋の暴走列車」(©岡崎京子)。ブレーキが利かずレールからも脱線する暴走は誰にも止められず、受け止められる男もいない。男の側にもヤバイやつが多く、どっちもどっちなところもあり、もはや恋愛というよりバトルの様相を呈している。 次から次へといろんな男にアタックしては自爆する重田。しかし、そんな彼女にずっと想いを寄せている男がいた。彼女が最初に働いていた本屋のバイトの同僚・タカハシだ。ルックスは平凡で頼りなさそうなメガネくんだが、重田のためなら身の危険も顧みず駆けつける。はっきり「好きです」と意思表示もしているし、実は東大生で家は金持ち。にもかかわらず、当の重田は「こんなのじゃないの もっとカッコイイ人がいいの あたしみたいな女の子 スキにならないカッコイイ男の子」というのだから度しがたい。