安野モヨコ「ハッピー・マニア」はなぜ支持されるのか 「恋愛至上主義」のあの時代を描く名作マンガ
猛スピードで転がっていくドラマは痛快至極。重田が唐突に繰り出すギャグもキレキレだ。「あたしはあたしのことスキな男なんてキライなのよっ」と豪語する重田の恋は(当たり前だが)うまくいかない。が、恋愛は理屈や計算でどうこうなるものでもない。ここまでぶっ壊れた“ハッピー・マニア=幸せ探し症候群”な人もめったにいないとは思うけれど、似たような心理に動かされている人はけっこういるのではないか。 腰が落ち着かないという点では『アイドルを探せ』のチカと同様だが、受け身のチカと違って重田はどこまでもアグレッシブ。その底抜けに無軌道なキャラクターが、従来にないヒロイン像として「シゲカヨ」を90年代のアイコンたらしめたのだ。
■令和男女のもどかしい恋愛『こっち向いてよ向井くん』 令和においては同性間の恋愛を描いた作品も多い。が、それはまた別の機会にご紹介するとして、ここではガツガツしてない今どき男女のもどかしい恋愛を描いた、ねむようこ『こっち向いてよ向井くん』(2020年~)を取り上げたい。 会社員の向井は、35歳の今も独身で実家暮らし。家には妹とその夫も同居している。学生時代から付き合っていた彼女・美和子とは10年前に別れ、それ以来、彼女らしい彼女はいない。ルックスは平均以上、真面目で気配りもできる彼に、なぜ彼女ができないのか。彼のどこに問題があるのか。男と女の感覚のすれ違い、三十路を過ぎた大人の恋愛の機微が、とてつもない精度で描かれる。
そもそも10年前、彼女と別れることになったのは、向井の「美和子のこと ずっと守ってあげたい」という一言がきっかけだ。それを聞いた彼女は喜ぶかと思いきや、「守る? 守るって一体何から? どうやって? 守るって何?」と詰めてきて、その後フラれた。その場面を思い出した向井は、若かった自分が「美和子から見れば頼りなく映ってたんだろうな…」と思っているが大ハズレ。正解はのちに出てくるのだが、なぜ彼女がそのセリフに引っかかったのか、向井と同じくわからない男性は多いだろう。