大論争を巻き起こした「4本脚をもつヘビ」の化石
英ポーツマス大学の古生物学者デイヴィッド・マーティルは2012年、恒例の学生実習のためにドイツを訪れ、そこで自身の人生を一変させるものに出会った。 【写真】4本脚のヘビの化石 マーティルと学生たちが訪れたのは、世界的に有名な、ゾルンホーフェンにあるブルガーマイスター・ミュラー博物館だ。石灰岩の石板に保存された太古の化石の宝庫であり、同館に収蔵された多数の標本は、一つ一つが地球の知られざる歴史の1ページとなっている。 コレクションの中をさまよううちに、小さな化石がマーティルの注意を引いた。鼻先から尾の先端まで15センチメートルほどで、ラベルにはただ「詳細不明の化石」とだけ書かれていた。 それは、一見したところヘビに似ていた。細長い体が、おなじみのヘビ型に弧を描いている。しかしマーティルは、2つの驚くべき特徴に気づき、これらがのちに科学界に波紋を広げることになった。 一つ目は、化石が埋まっていた岩石の種類だ。ただの石灰岩の石板ではなく、ブラジル北東部にあるクラト層のものだったのだ。クラト層は、白亜紀前期の化石が精緻に保存されていることで知られる地質学調査地で、1億2500万年前から1億1300万年前に形成されたと推定されている。 奇妙な点は、この地域の化石は厳重に管理されており、1942年以降、政府の許可なくブラジルから持ち出すことは違法とされてきたことだ。にもかかわらず、化石はドイツの博物館という、発掘地から数千キロメートル離れた場所にあった。 おそらく数十年前にブラジルから密輸されたものであろうこの化石は、研究倫理、国家的遺産、化石取引の暗部をめぐる、激しさを増す論争の渦中に投げ込まれた。 ■「4本脚のヘビ」再発見の余波 第二に、このヘビに似た生物の化石を詳しく調べたマーティルが発見したのは、「あるはずがないもの」だった。つまり、完全な状態の4本の脚だ。 しなやかで細長い体をもつヘビは、進化の歴史のなかで、数千万年前に四肢を失ったとされる。この化石に四肢があることは(関節がある四肢であることは一目瞭然で、疑問の余地なく本体につながった状態で存在していた)、このような生物が、まだ祖先であるトカゲの面影を残していた時代の遺物であることを示唆していた。 マーティルの論文は2015年7月、権威ある学術誌の『サイエンス』に掲載され、古生物学コミュニティで波紋を呼んだ。高度に多様化し、現代世界で成功を収めたグループであるヘビの進化的起源は、長きにわたり科学者たちを悩ませてきた問題だった。「2本の脚をもつヘビ」の化石は、それまでにも発見されていたが、四肢のすべてが残る化石は、マーティルらのチームが発見したものが初めてだったのだ。 マーティルらが、テトラポドフィス(Tetrapodophis)属の1種として分類したこの化石は、ブラジルのクラト層から産出したもので、長くスレンダーな胴体に、小さいが機能を備えた四肢がまだ残る、初期のヘビであるとされた。この種、テトラポドフィス・アンプレクトゥス(Tetrapodophis amplectus)は、白亜紀前期(約1億1000万年前)に生きていた、ヘビに似た小型爬虫類とされた。 マーティルの研究は、トカゲからヘビへの移行について重要な洞察をもたらした。このヘビの四肢にはつかむ力があり、獲物を押さえつける時や交尾のさなかに使われた可能性がある。胴体は地上生活に適応しており、ヘビは海生の祖先から進化したとする従来の仮説に異を唱えた。また化石には、鉤状の歯や、柔軟な脊椎の証拠も残されており、獲物を絞め殺す能力があったこと、すなわち肉食への転換がヘビの進化の早い段階で起こったことが示唆された。 この発見は、初期のヘビがどのように暮らし、どう進化してきたかを理解する上で重要なパズルのピースとなった。また、ヘビの起源がゴンドワナ大陸(現在の南米、アフリカ、インド)にあったことが示唆された。