【熊鍋】体が燃えるような熊肉パワーに驚き。「阿仁マタギの里」で熊鍋を食べる貴重体験:パリッコ『今週のハマりメシ』第160回
夕食は、熊鍋がメインとはいえ、猟師小屋で大鍋を囲むというわけではない。地元の幸をふんだんに使ったコース料理仕立てだ。 秋田ではいたるところで山菜ときのこ類が出てきて、どれもいちいち感動的にうまかった。また、内陸部であるから、川魚料理もよく食べた。刺身で出てきたのはサクラマスと、なんとナマズ。どちらもさっぱりとしてうまい。続いて岩魚の塩焼きに、煮ものに漬けものにフルーツに......熊鍋の前に、こんな贅沢をしてしまっていいんだろうか。 また、巨大ななすの田楽がとても米に合い、熊鍋のために胃の容量を空けておかなければと思いつつ、ついつい山菜ごはんがすすんでしまう。 と、思いっきり旅館の夕食を楽しんでいると、そろそろ熊鍋が食べごろだそう。いよいよご対面だ。 鉄鍋にのった木蓋を持ち上げると、ふわりとみその香りが立ち上る。獣臭のようなものは一切ない。鍋のなかには、色の濃い熊の塊肉がごろごろ。それと、豆腐にねぎ。 まずは汁だけをすくい、ひと口飲んでみる。抜群の味加減のみそ汁に、今までに味わったことのない上品でふくよかな香りが広がるような、衝撃の美味しさだ。各テーブルのツアー参加者さんも、僕同様に「うわっ......」という声をあげている。 ではいざ、熊肉をいただいてみよう。人生初の本格熊肉だ。食感はじっくりと煮込まれた牛肉に近いだろうか。歯ごたえはしっかりありつつも柔らかい。強い生命力を感じるような、独特の香りと味がする。くさみやクセとは違う、なんとも説明が難しい、気品ある味わいだ。 さっきマタギの方が言っていたが、熊の主食はどんぐりなどの木の実が多くを占めるので、脂身が甘いのも特徴だそう。イベリコ豚を例えに出してくれていたのがわかりやすかった。そこでこんどは脂身が多めの肉を口に運んでみると、なるほど、これはすごい......。とろりと溶けて、芳醇な香りがして、確かに甘みがある。熊、うまい......。 ところでこの宿には、"幻のどぶろく"と呼ばれる名物の酒があるらしい。地元栽培の米と森吉山の伏流水で手作りした、添加物や保存料を一切使用してない昔ながらの濁り酒。作れる量が限られているから、在庫切れも珍しくない。そんな「マタギの夢」が、今日は運良くあるそうだ。追加料金はかかるけれど、1合700円はどう考えても安い。当然、お願いするに決まっているだろう。 口に含んだ瞬間に驚いた。どぶろくといえばこってりとした味と香りを想像してしまいがちだけど、このマタギの夢はものすごく清涼感がある。度数は10数度あるらしいが、まったくそれを感じさせない。口当たりは甘酒のようにどろっとしていて、ほのかに発泡感もあって、よく冷えているから後味が軽く、するすると飲めてしまう。 で、これがまた熊鍋とすさまじく合う。上品ながらも濃厚な味わいの熊肉と、爽快などぶろくのハーモニー。あぁ、秋田最高......。 僕が肉豆腐好きなことはこれまでに何度も書いてきたが、鍋から器に肉、ねぎ、豆腐を盛れば、これぞ"熊肉豆腐"だ。あらためて、こんな経験はめったにできるもんじゃないぞと、つゆの最後の一滴までありがたく味わった。 食後は当然、部屋に戻ってひとりで晩酌の続きをと思っていたが、敷いてあるふとんを見た瞬間、倒れ込むように寝てしまった。 数時間ぐっすり寝て、夜中の3時ごろ目が覚める。なんだか体が胃を中心に燃えているような、パワーみなぎる感覚だ。この地でとれた熊肉の、生命力ゆえだろうか。 火照る体を覚ますため窓を少し開けてみると、真っ暗な山の上に、はっとするくらい美しい星空が広がっている。なんたる体験。 しばらくそれを眺めつつ、買っておいた小瓶の地酒「北秋田」を、ちびちびと飲んでいた。 取材・文・撮影/パリッコ
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