新型コロナはいかにして中国・武漢から世界に広がったのか
◇感染源となった小動物
その後、このときのWHOの調査結果などを参考にして、市場説を支持する医学論文がいくつか発表されています。たとえば2022年8月、Science誌(「The Huanan Seafood Wholesale Market in Wuhan was the early epicenter of the COVID-19 pandemic」377, 951-959, 2022)に発表された米国の科学者たちの論文では、流行初期の患者が市場を中心に発生していることや、市場内でも小動物を販売していた区域から、新型コロナウイルスがもっとも多く検出されたことを明らかにしました。また、2023年3月のNature誌に掲載されたニュース記事(「COVID-origins study links raccoon dogs to Wuhan market: what scientists think」Nature 615: 771-772, 2023)によると、ヨーロッパなどの科学者が発表した調査結果では市場内で検出したウイルスの中にタヌキの遺伝子が含まれていたことから、タヌキが感染源になった可能性を示唆しています。ただし、いずれの研究も中国当局の調査データを基にしており、その点を考慮する必要もあります。 最近では米国のCDCや国家情報会議などの公的機関も、市場説の可能性が強いとのコメントを出しており、ヒトへの感染経路としては市場説が優勢になっているようです。
◇中国の野味料理が流行の発端か
では、なぜ市場で小動物が売られていたのでしょうか。当時、武漢の市場ではタヌキだけでなく、センザンコウやタケネズミなども販売されていました。これらは食用であり、鮮度を保つため生きたまま売られていたのです。 中国では古くから、野味という、野生動物を食べる伝統料理がありました。食材としてはヘビやハクビシンなどが人気であり、タヌキはあまりおいしくないので流通量は少ないそうです。 野味料理は中国の長い歴史の中で脈々と続き、市場での小動物の販売も古くから行われてきました。これまでは市場で動物の保有する病原体がヒトに感染することはなかったようですが、今回それが実際に起きたとすれば、その原因は動物の産地にあると考えます。 中国では20世紀後半以降、経済発展により土地開発が加速し、奥地にまでヒトが立ち入るようになりました。食材となる小動物についても、それまでは町の周囲で捕獲していたのが、最近は奥地で捕獲することも多くなったようです。こうした小動物が未知のコロナウイルスを保有していたために、市場で販売中にヒトに感染した可能性があるのです。2003年、中国の広東省で起きた重症急性呼吸器症候群(SARS)の流行も、未知のコロナウイルスによるもので、同様な機序でハクビシンを感染源として発生したと考えられています。