脚本家・根本ノンジの真骨頂は“超個性派キャラの調和” 『おむすび』は画期的な朝ドラに
根本ノンジが脚本を手掛ける2つの作品が始まった。1つは、新しく始まった朝ドラ『おむすび』(NHK総合)。そしてもう1つは、金曜ナイトドラマ『無能の鷹』(テレビ朝日系)である。 【写真】菜々緒が中身はポンコツ社員を演じている『無能の鷹』 片や書道部の活動とギャルとの友情を両立する福岡県糸島市の高校生・結(橋本環奈)の日常と、片や「超有能そうな見た目なのに、衝撃的に無能」な主人公・鷹野ツメ子(菜々緒)の日常。時間帯的にも題材としても対極にある2つの作品に、共通していることが1つある。それは、学校も会社も、一見相容れなさそうな強烈な個性を持つ人々の集合体ではあるけれど、それぞれの個性が奇跡的に組み合わさって世界は回っているのだということに気づかされることだ。そしてそれは、根本ノンジが脚本を手掛けた作品の多くに共通するものでもある。 根本ノンジは、お仕事ドラマの名手である。それは、『ハコヅメ~たたかう!交番女子~』(日本テレビ系/泰三子原作)や『正直不動産』(NHK総合/大谷アキラ、夏原武、水野光博原作)を観ればわかる。愛すべき登場人物たちのコミカルなやりとりが楽しい娯楽作品でありながら、原作に忠実に、働く人々のリアルにできる限り近づけようとした作品であるために、思わず自分の職場にいる誰かを当てはめてしまわずにいられない、共感度の高いドラマになっている。 はんざき朝未による同名コミック(講談社『Kiss』連載)を原作とした『無能の鷹』もそうだ。主人公・鷹野の突き抜けた「無能」ぶりに声を出して笑いつつ、「いい人過ぎる」鳩山(井浦新)の背中から滲み出る苦悩に「こういう人、いるよなあ」と、苦労の絶えない身近な人のことを思うなど、なさそうでありそうな職場の日常に笑いと共感が止まらない。 また、根本が手掛ける作品の多くに見られる超個性派キャラクターたちの奇跡的な調和は、その真骨頂とも言える、演者の素晴らしさ含め才能のぶつかり合いドラマだった『パリピ孔明』(フジテレビ系/四つ葉タト、小川亮原作)から読み解けるし、医療・刑事ドラマでありつつ、震災によって心に大きな悲しみを負った「ある家族」の日々を見つめた『監察医 朝顔』(フジテレビ系/香川まさひと、木村直巳、佐藤喜宣原作)を観れば、『おむすび』がこれから描こうとしていることに思いを馳せることができるだろう。 『おむすび』は、実に明快な構造で物語を伝えていく。第1話において、「元気よくおむすびを食べるヒロイン/幼なじみ・陽太(菅生新樹)に“おむすび”と呼ばれるヒロイン」の姿が描かれることで、『おむすび』というタイトルの意味が明確に示され、さらには糸島の景色の中を自転車で疾走し、人助けのために海に飛び込んで「うちは朝ドラヒロインか」と独白する結の姿が、「王道の朝ドラヒロイン」の登場を予感させた。 さらに、第1週の最終日である第5話において、結が「おいしいもん食べたら、悲しいこと、ちょっとは忘れられるけん」という言葉とともに鈴音(岡本夏実)におむすびをあげ、それによって、ギャルたちによる結の呼び名が“ムスビン”になることが、本作のタイトルの意味及びテーマをより強調する。 また、第1話冒頭で、時間をかけてきちんと身なりを整え、姉・歩(仲里依紗)とは違う高校生デビューを飾った結は、第5話終盤で、姉の部屋に入り、鏡の前で姉のものであるひまわりの髪飾りをそっとつけてみる。それは風見(松本怜生)の「自分の中で何か抑え込んどうことない?」という見立て通り、恐らく過去の出来事をきっかけに、自分の思いを封印して生きている彼女が、書道部とギャルたちとの出会いによってほんの少し解き放たれる様子を端的に伝えていた。 現時点での『おむすび』の何より興味深いところは、異なる「青春」を一望できるということではないだろうか。第1週では書道部とギャルが描かれた。さらに第2週では、結が書道部で活動している最中、グラウンドで野球する野球部員たちの声が聞こえてくる。そして結たち書道部が野球部の応援に行き、書道一筋のようだった風見が「本当は野球部に入りたかったけれど、運動神経が壊滅的に悪い」という意外な一面を見せる。 朝ドラにおいてヒロインの成長を示す1つの過程として描かれることが多い高校生パートは、短期間で過ぎていくため、ヒロインの周辺で巻き起こる出来事しか描けない。そのため、ギャルと書道部と野球部という、たとえ同じ学校内にいたとして決して交わりあうことがなさそうなコミュニティに所属する人々の「青春」を一望できる朝ドラというのは、実はものすごく画期的なのではないか。そしてその3点を繋いでいるのが他ならぬ「人の心と未来を結ぶ」ヒロイン・米田結であり、根本ノンジ脚本のマジックである。 第3週目となり、 “憧れの風見先輩”が、野菜染めを前にさらなる意外な一面を見せたり、真面目な女子高生としての仮の姿とハギャレンのメンバーとしての変身姿をキュートに使い分ける理沙(田村芽実)が、ギャルの歴史の本を出すことを夢見ていることが明かされたりして、それぞれのコミュニティに属する人々の、枠にはまらない、とてつもなく魅力的な一面を垣間見ることができるようになった。 もしかしたら私たちは、本作で描かれる「ギャル=不良」と決めつけて遠巻きに見ている人々のように、人のことをほんの一面だけみて、理解したつもりになっているだけなのかもしれない。『おむすび』はきっと、彼ら彼女らのさらなる底知れない魅力を教えてくれるはずだ。
藤原奈緒