甲子園球場、ゴルフ練習場、ビニールハウスの地図記号は全て同じ!いろいろな建物に使われる「無壁舎」の定義とは
地図を読む上で欠かせない、「地図記号」。2019年には「自然災害伝承碑」の記号が追加されるなど、社会の変化に応じて増減しているようです。半世紀をかけて古今東西の地図や時刻表、旅行ガイドブックなどを集めてきた「地図バカ」こと地図研究家の今尾恵介さんいわく、「地図というものは端的に表現するなら『この世を記号化したもの』だ」とのこと。今尾さんいわく、「雪覆いと落石覆いに対して地形図では同じ記号を用いている」そうで――。 【図】無壁舎記号と特定地区界の破線を組み合わせたゴルフ練習場の表現 * * * * * * * ◆「雪覆い」から甲子園まで! 無壁舎とは? 日本海側では大雪の被害が頻繁に報じられている。想定以上の積雪のために立ち往生した車中に閉じ込められるニュースを時折耳にするが、不運なドライバーたちは、それぞれ大変な昼夜を過ごしたのだろう。 しかし大雪が止んで晴天になればほっとしたのもつかの間、急な気温の上昇で恐ろしいのが雪崩(なだれ)である。特に山間部などの道路で人や車両がこれに巻き込まれれば命に関わるため、道路や線路を守るために雪覆い(スノーシェッド)が設けられてきた。 古くは「頽雪覆(たいせつおおい)」と呼ばれたが、「頽」は「崩れる」という意味である。ただしこの構造物は雪国だけのものではない。 山が多い日本列島では、たとえ「南国」であっても急峻な地形をたどる道路や線路は落石の危険に対処する必要があり、同様のものが「落石覆い」という名称で、全国各地に数多く設けられている。 雪覆いと落石覆いに対して地形図では同じ記号を用いており、道路や鉄道の記号をその部分だけ隠す形で斜線を載せたのがそれだ。破線で描かれたその輪郭に囲まれたシェルター部分には左上→右下方向の斜線をびっしり引いてある。この記号は実はシェルター系の建造物に限らず、長らく「壁のない建物」一般に用いられてきた。
◆「無壁舎」の定義 記号の最初は明治17年(1884)に京阪神を中心に整備が始まった「仮製地形図」が「無壁(むへき)家屋」として採用したもので、大正6年(1917)図式からは「無壁舎」と呼ばれている。一般には馴染みのない用語であるが、文字通り壁のない建物が対象だ。 地形図を読むための参考書として大正3年に刊行された『地形図之読方』によれば、「柱ノミヲ有スル屋舎ニシテ周囲ニ囲ヲ設ケサルモノ、仮令ハ(たとえば)停車場プラットホーム建物ノ如キモノニシテ(後略)」としている。 大正初期にプラットホームという用語が一般に通じていたとすれば意外だが、もともと鉄道は英国直輸入のシステムであり、当初は停車場も「ステーション」と呼んでいたぐらいだから当然かもしれない。 国土地理院が定める最新の「平成25年(2013)2万5千分1地形図図式(表示基準)」では、この無壁舎を「飛行場の格納庫、市場、動物園の檻、温室、畜舎等、側壁のない建物をいう」と定義しており、守備範囲はずいぶんと広いことがわかる。 「温室にはビニールやガラスの壁があるじゃないか」という反論も可能だろうが、四面を堅固な壁に囲まれた(もちろん円筒形の建物でもよいが)建物とは異なる構造をもった建築物を広くカバーしているというわけだ。ちなみにこの新図式から記号の色を、雪覆い等は黒、その他の無壁舎は赤と区別するようになった。 無壁舎と一口に言っても、実際に地図を編集する現場では時に判断がつきにくい対象が現われて迷うこともあるだろう。