巨人・松井颯の盟友、元明星大の159キロ右腕・谷井一郎はなぜ野球界から姿を消したのか
プロで奮闘する松井に対して、「自分の分まで頑張ってほしい」と思いを託しているところはあるのだろうか。そう尋ねると、谷井は「そう思うこともありますけど、口にはしないようにしています」と答えた。 「自分自身、思いを押しつけられるのがイヤだったので。自分がやりたくて野球をやっていただけで、そこまで親しくなかった人から『ずっと応援していたよ』と言われても『え?』と思ってしまって。自分の4年間を見てもいないのに、練習が終わったあとにジムでトレーニングをしていたのも見てないじゃんって。だから颯には背負い込まないでほしいし、自分自身の人生だけを考えてほしいんです。あいつは図太そうに見えて、意外と繊細で人のことを考えてしまうヤツなので。僕はこれからも、気軽に話せる友だちでいたいんですよ」 内なる思いを伏せ、松井と顔を合わせれば「早く稼いで、俺を運転手にしてくれよ」と軽口を叩く。それが谷井なりのエールなのだ。 谷井もまた、社会人2年目にして人生の大きな転機を迎えている。交際していた女性と4月に入籍し、生活をともにしている。ますます仕事に没頭する理由ができた。 そして、谷井にはもうひとつ希望がある。現在、明星大の3年生としてプレーする弟、翼のことだ。 「この前にリーグ戦で初先発して、いいピッチングができたんです。最速148キロくらいまで上がってきているので、あとひと踏ん張り。そこを超えると、変わってくるよと伝えています。弟は自分と違ってコントロールがいいタイプなので、なおさら頑張ってほしいですよね」 野球をやめること。夢をあきらめること。そこにあるのは、絶望だけとは限らない。谷井一郎は新たな希望を胸に、今日を懸命に生きている。
菊地高弘●文 text by Kikuchi Takahiro