アジカン後藤正文と藤枝市を街歩き 「蔵」と滞在型スタジオの可能性をLOSTAGE五味らと語り合う
お金や時間に追われず、実験や失敗を面白がれるように
一LOSTAGEは独立以降、誰かに言われてやるわけでもなく、予算の安さだけを優先するでもないまま、コンスタントに作品を出してますよね。 五味:そうですね。今のところ。 一過去には地元ライブハウスで録ったり、県外のスタジオを借りた場合もある。その毎回のやり方を決めていく大事な部分って何になるんですか? 五味:決め手、みたいなとこですよね? まぁでも、けっこう縁っていうか、ちょうど何か作ろうかなと思った時に自宅にスタジオ持ってる人がいたとか、ライブハウスが空いてて「安く貸してもいいよ」って言ってもらえたり。ほんまタイミングでいい出会いがあったんですよ。啓士郎くんと知り合ったのもレコーディングやってる時で。 岩谷:そうですね。奈良のネバーランドで。 五味:東京から奈良に引っ越してくるタイミングで、物件を探してて、「ちょうどレコーディングやってるって聞いたから見にきた」って。そこで初めて会って、付き合いが始まって、今はLOSTAGEのライブと音源、レコーディングの全般をやってもらってるから。だからほんま縁に恵まれてた。そこまで「やる場所がなくて困った」「人がいなくて困った」みたいなことはあんまりなかったんですけど。 岩谷:もちろん作品に向かっていくモチベーションって、どのバンドも絶対あると思うんです。でもLOSTAGEは「自分がやりたいからやる」っていうのがブレないんですよ、3人とも。納期とか予算で「今回はこういうことだから」って外部要因で決まることがプライオリティにならない。そこはすごく健全というか。 五味:インディとかDIYの目線で言うと、あるもんでやるしかないから。お金も限られてるし。その時に周りにいる人、その時に自分が使えるお金、そこにあるもんでなんとかする工夫をずっとしてきたから。 一それって楽しいことなんでしょうか。それとも大変なことなのか。 岩谷:それこそ向き不向きというか、センスは必要だと思いますよ。LOSTAGEはそれがすごくあるバンドだと思いますけど。 後藤:楽しい……結果いいものができたら報われるけど。でも、作ってる時は「しんどいな、もうちょい時間あったらな」とか思うよね。 五味:そう。「なんで俺がここまでやらないかんのや?」とか。でも、その分やりがいはむちゃくちゃある。 後藤:そうね。自分もインディの現場に参加することがあって、一番思うのが限度があることで。使っていい時間、使っていいお金。働きながら音楽活動をしていると「今週録れないところは来週に」みたいに、仕事の都合でスケジュールが延びることもあって、そうなると、どんどん時短モードになっていくんですよね。ほんとはもっとドラムに時間をかけて、きっちり作り込んでチューニングもしたいんだけど、予算やスケジュールを考えると難しい。そうやって新しいチャレンジが確実に少なくなっていく。たとえばスタジオ代が半額だったら、倍やるとは言わないまでも、もう一日くらいはチャレンジするじゃん。 岩谷:わかりますね。だいたいベーシック、ドラムの音作りからギターの音作りまで全部一からやろうとすると、やっぱり1曲一日くらいはかけたいんですよ。でも一日で2曲、3曲録らなきゃいけないスケジュールになってくると……。 五味:耳が痛いな(笑)。 岩谷:いや、そこはバンドの経験値にもよるんですよ。LOSTAGEは同じ楽器の音色でも、それでも幅を出していく。それができるのが逆にすごいんですけど。 後藤:確かにね。一色刷りでも二色になったりする。 岩谷:そうですね。ただ、若いバンドで時間もないと、全部同じ楽器で、とりあえずボーカルも3回歌って、そのテイクをエンジニアが家に持ち帰ってあとはなんとかする、みたいな状況に陥ることも多くて。それだとバンドも成長しないですよね。その意味で、さっきゴッチさんが言ったみたいに、もう一日増えたとしたら、楽器の音をしっかり作る経験、歌をちゃんと組み立てて録る経験ができる。そうなると、次からはその経験値でどんどん良くなっていくから。 後藤:たとえば、変なマイクの立て方を試して、思ってたのと全然違って、みんな爆笑して終わっただけ、みたいな。でも、その方法を次のアルバムで使ったりすることってあるんですよね。ボツのアイディアとか失敗も実は大事で、蓄積すると経験に変わっていく。だから、なるべく長時間使えるところを用意してあげたいっていう気持ちがあるんですけど。 五味:ありがたい話。やっぱ場所借りてお金が発生すると、ずっと何かに追われてる感じになるから。僕ら、お金の管理は僕ひとりでやってるんですよ。メンバー2人は演奏に集中するし、金のことなんも考えてなくて。だからすげぇゆっくり準備とかして、それ見て僕はめちゃくちゃイライラしてる。 後藤:はははは。 五味:っていうことが、やっぱり起きるんですよね。お金とか時間に追われるのはキツい。そこが抑えられて活動の自由度が上がるって、バンドにとってすごくいいことやと思うし、ちゃんと健全に活動できる。 一来年以降このスタジオが完成して、LOSTAGEの次のアルバムをここで録るとします。何があったら嬉しいですか? 五味:まぁ宿泊もあって、録音する場所があって、あとコミュニティ・スペース、ミーティングしたりする場所もあって……。 後藤:キッチンもあるから自炊もできるよ。食材持ってきてみんなで作って。 岩谷:一週間くらい滞在しながら作れる。 五味:あー、そんだけあったら十分やと思う。あとは、その周りの場所。スタジオにずっといると気持ちが滅入ってきたりするから、外に出た時にちょっと気晴らしになるようなお店とか。その街に何かがあって、それで気分転換できるような空気があったらいいなと思う。 一さっき歩いた蓮華寺池公園はうってつけですよね。 五味:楽器のリペア&カスタムショップとかもあったしね。 後藤:煮詰まった時に何か逃げられる場所ね。たとえば朝散歩できるだけで、そこにコーヒー屋があるだけで違ったりする。そこで気持ちを整えてからスタジオに入れるから。そういうの、意外と大事だったりする。ここは市街地だから街歩きもできるし。環境としてもいいかなと思ってる。 一岩谷さんの目線で、このスタジオにあったら嬉しいものって何かありますか。エンジニアにとってのいいスタジオ。 岩谷:バンドの録音ということでいえば、録音ブースの響きが最初に気になるところですよね。そしてモニター環境。あと大事なのは、人かなと思います。そこに関わってるエンジニア、アシスタントさんだったり。 後藤:商用の大きなスタジオじゃないと、特に人の要素って大事になってくるよね。そのスタジオをスタッフやミュージシャンがどう工夫して使ってきたか、みたいな話が心地よさに繋がってたり。それを言語化するの、すごく難しいんだけど。でも何かが宿ってる。 一それって、ライブハウスには人の念が宿る、みたいなことですか? 後藤:近いけど、念っていうよりもっと具体的な使い方。無理やりのアイディアだったり。ボーカル録る時はベッドのマットをここに置くと音が収まる、とか。そういう人力の工夫だよね。 岩谷:そうですね。例えばスタジオの間取りを見て「こことここが繋がってたらいいアンビエンスが録れそうだな」と思ってたら、実際にドアを開けっぱなしにするのが通例になっていたり。そういう細かいことでも、音に真摯で柔軟な姿勢が見えると「やっぱそうだよね、いいスタジオだな」って思う。 後藤:これっていきなりできないこと。たぶん藤枝のスタジオも、5年なり10年なりかけて、みんなで使いながら「ドラムはこの向きだね」「ここにマイク立てると面白い音が録れる」とか、いろんなパターンができていくんですよ。それがいつしか、そのスタジオの伝統になっていく。 岩谷:そうやって歴史上偶然生まれたテクニックってけっこうあって。80年代に生まれたゲートリバーブとか。あれも元々はトークバック・マイクっていう、ブースのの中の会話をを聞くための、キツめにコンプがかかった歪む手前の音が返ってくる仕組みがあるんですけど。それでドラムの音を聴いた時に「この音カッコいいじゃん」ってことになって、それをミックスの中で活かせる技術をエンジニアが開発して、世界中に広まったもので。 後藤:だいたい、音が歪んでるっていうのももともとは失敗みたいなことだったので(笑)。 岩谷:ファズとかもそうですよね。オーディオ的にはエラーなんですよ、あれは(笑)。 一クラシックだったらまず使えないアイディアが、ポップミュージックではアリになる。 岩谷:そうなんですよ。クラシックから見たらロックやポップスはエラーと歪みの歴史とも言えると思います。ただ、「歪んでるからダメ!」「もう時間がない!」っていう実験できる遊びがない状況だったらおそらくこうはなってない。だから、そこを面白がれる余裕のある場所が、ひとつあるといいなと思いますね。 後藤:そういうのが積み重なっていくところを見てみたいよね。そんな時間が作れること自体が素敵な話だと思うから。それが失敗であれ成功であれ、みんながいろんなことを試せる場所だったら嬉しい。