『流麻溝十五号』ゼロ・チョウ監督 台湾の暗い歴史から学べること【Director’s Interview Vol.423】
人間の善良さを信じる
Q:言論統制は当時の台湾に限った問題ではありません。現在でさえ、パレスチナ問題をめぐってはイスラエル批判に関する言論統制が問題になりました。今、この映画が公開される意義をどのように受け止めていますか。 ゼロ:世の中にはありとあらゆる災難が存在します。しかし、いかに恐ろしく過酷な出来事であっても「人間性の輝き」を奪うことはできないと思うのです。原則として、私たちに災難をコントロールすることはできません。地震などの自然現象は予測できないし、戦争や弾圧といった政治的問題は庶民の手が届かないところで始まるので、いつ起こるのかさえわからない。「私たちは無力だ」と言えるかもしれません。 しかし、たとえ無力で平凡であっても、それぞれが強い信念を持つことが大切です。この映画で描いたように、当時の政治犯たちは読書会などに参加し、知識を身につけ、信念を持ったことで強くなりました。互いに異なる思想を持つ嚴さんとチェン・ピンも、強い信念を持つことにこだわるのは同じです。また現実に、政治犯の方々が処刑直前に見せた笑顔は力強く、彼ら自身の信念を表すものでした。そうした人間性の輝きを、今こそ多くの方々に見ていただけることを願っています。 Q:お話を聞いていると、人間の善性を監督が心から信頼していることがわかります。しかし白色テロの時代には、とても人の所業とは思えないほど残酷な出来事もたくさん起こりました。映画を作る中、人間の善性と恐ろしさの間で葛藤しませんでしたか。 ゼロ:私は、「人間の心は本来善良なもの」であり、だからこそ「悪事をしていないなら善だ」と考えています。信念は人間に大きな力を与えてくれるもので、信念さえあれば人は善良でいられるはず。もちろん大きな災難や困難に直面したとき、その信念を曲げずにいられるかどうかは大きな課題です。しかし、たとえ困難に抵抗する術を持たなくとも、決して善を失ってはいけないし、人間不信に陥ってもいけない。戦争や弾圧が起こるからといって「人はみな悪だ」と考えるのは正しくないし、理性的な態度でもないと思います。 Q:本作のほか、映画『返校 言葉が消えた日』(19)やテレビドラマ「星空下的黑潮島嶼(原題)」(24)など、近年の台湾では白色テロ時代を題材とした作品が増えています。現在の状況を監督はどのように見ていますか? ゼロ:さまざまなジャンルや表現によって同じ題材が描かれるのは素晴らしく、とても嬉しいことです。私はヒューマニズムをテーマにした物語を得意分野としていますが、エキサイティングで刺激的な映画を撮る監督もいれば、ドキュメンタリーを撮る監督もいる。観客にたくさんの選択肢があるのもいいことです。そんな中で私が取り組みたいのは、やはり人生や命について問いかけ、観客の皆さんに伝えることで、願わくば新たな変化を促してゆくこと。今後もこのことを念頭に置きながら映画を撮り続けていきたいですね。 監督/脚本:周美玲(ゼロ・チョウ) ドキュメンタリーでキャリアをスタートさせ、のちに長編映画へ転向。哲学的かつ文学的な作風で、運命思想を取り入れて主に女性の感情をモチーフにしている。長編デビュー作『Tattoo-刺青』はベルリン国際映画祭でテディ賞を受賞。他の作品でも台北金馬映画祭ほか、数々の国際映画祭で賞を受賞している。『豔光四射歌舞團』(2004年)台北最優秀台湾映画賞受賞、『Tattoo-刺青』(2007年)ベルリン国際映画祭テディ賞受賞、『彷徨う花たち』(2008年)シネゴアック芸術祭 出品 取材・文: 稲垣貴俊 ライター/編集者。主に海外作品を中心に、映画評論・コラム・インタビューなどを幅広く執筆するほか、ウェブメディアの編集者としても活動。映画パンフレット・雑誌・書籍・ウェブ媒体などに寄稿多数。国内舞台作品のリサーチやコンサルティングも務める。 『流麻溝十五号』 7月26日(金)よりヒューマントラストシネマ有楽町、シネマート新宿、シネマート心斎橋ほか全国順次公開 配給:太秦 © thuànn Taiwan Film Corporation
稲垣貴俊