いしわたり淳治さん「言葉にできない想いは本当にあるのか2」インタビュー 言葉をうまく操ることができたら悩みも減るはず
人間と人間の間に挟まってるものが言葉
――芸人さんはこういう言い方を嫌がるかもしれないけど、みなさんすごいクリエイティブですよね。 いしわたり:音楽で人を笑わせるのは難しいですからね。悲しい歌や明るい歌、感動的な歌はたくさんあるけど、笑わせる歌は少ない。芸人さんは人を笑顔にするためだけに言葉を使っているから、本当にすごいと思います。 ――キャッチーさで言うと、千鳥ノブさんの「お貧しい!」にも衝撃を受けたんです。貧しさって対応が難しい。失礼にならないか気になるし、同情するのも違う。そんな時、ノブさんのように柔和な表情で、接頭語の「お」をつけて「お貧しい!」と言えたら、良い相槌になるし、ユーモアもあるし、会話のクッションにもなる。この柔軟さと知性が世の中のいろんな問題を解決してくれるような気すらしました。 いしわたり:そうですね。人間の悩みっておそらく9割方人間関係だと思うんですよ。そして、その人間と人間の間に挟まってるものが「言葉」であって。言葉をうまく使うことができたら悩みも減るんじゃないかとも思います。 ――あと僕がハッとしたのは、「勉強するのは、だまされないため、殺されないため」です。 いしわたり:東大王を育てたお母さんの言葉ですね。これに関しては、話法として優れているなと思いました。子供にとって一番理解し難いのは「なんで勉強しなきゃいけないのか」ってことじゃないですか。親としては長々と説明したくなるところだけれど、長く話したからといって子供には伝わらない。見出しとして、最初にこんなショッキングなことを言われたら、それに続く言葉もスッと入ってきますよね。実際、知識がないとだまされたり、事件に巻き込まれたりしますから。 ――うかがっていると、僕を含め多くの人はもっと言葉と真剣に向き合うべきですね。そのほうが豊かな人生を送れそうです。 いしわたり:なるほど。でも、豊かな人生って何なんでしょうね。最近幸せについて考えてる中で、閃いたことがあるんです。例えば、よく旅行から帰って、「やっぱり家が一番落ち着くなあ」って言ったりするじゃないですか。つまり、旅行中の瞬間最大風速みたいな楽しさって次の瞬間には消えてしまうから、楽しさって、幸せとは別のものなんだと思うんです。幸せはあくまで日常の方にあるんじゃないかと。 ――それはわかる気がしますね。 いしわたり:だから、日々の不安が自分のキャパの内側に収まってる状態のことを幸せと呼ぶんじゃないかと思うんです。逆に不安が自分の外側まで溢れ出してしまうと不幸と感じるんじゃないか、と。だから、よく言う「幸せになりたい」というのは、イコール「心のキャパを広げたい」ということなのかなと思います。友達や恋人や家族がいれば孤独じゃないから、心のキャパが広がる。お金があればお金で解決できることは多いから、心のキャパが広がる。でも、大事なのは、誰でも家族や友達やお金があれば幸せかというと、そういうことじゃない。何が手に入れば自分の心のキャパシティが増えたと感じるかということが大事で。中には、3億円の借金があってもへっちゃらでハツラツと生きてる方もいますしね。家族がいても不幸せそうな人もいますし、誰かの何気ない一言でどんと落ち込んでしまう人もいるし。 ――キャパシティって、本人も知らないうちに形成されるんでしょうね。 いしわたり:そうなんだと思います。僕も幼い頃は家庭が貧しかったので、死ななきゃOKみたいな感覚が今でもどこかにあります。音楽の仕事で暮らせてるなんて、超ラッキー、幸せだなと思って毎日生きているんです。子供の頃は、それこそ片栗粉に熱湯を入れてゼリー状にしたものに砂糖をかけたのが夕食として出たりしてましたから。 ――お貧しい! いしわたり:僕は「お貧しい!」がOKな人です(笑)。その言葉がNGな人もいますからね。それも、心のキャパの問題ですよね。 ――日々使っている言葉を改めて見直し、丁寧にコミュニケーションをしたら、そこから人生を豊かにできるかも。 いしわたり:この本はパッと開いたところを軽く読み捨てるくらいの感覚で気楽に読んでもらえたらうれしいですね。そして、何か気になった話があったら、お酒を飲む時の無駄話のネタにでもしてほしい。僕としては、そういうところがこの本のゴールかなって思います。 <いしわたり淳治(いしわたり・じゅんじ)さんプロフィール> 作詞家・音楽プロデューサー 1977年生まれ。青森県出身。1997年にロックバンドSUPERCARのメンバーとしてデビューし、バンド解散後は、作詞家・音楽プロデューサーとして、数多くのアーティストを手掛ける。著書に短編小説集『うれしい悲鳴をあげてくれ』(筑摩書房)など。2021年からは新ユニットである「THE BLACKBAND」を結成し、そのメンバーとしても活動中。朝日新聞デジタルマガジン「&」で「いしわたり淳治のWORD HUNT(https://www.asahi.com/and/serialstory/wordhunt/)」を連載中。 (文・宮崎敬太)
朝日新聞社(好書好日)