「台北當代2024」開幕レポート。「台湾マーケットのニーズに応えるプラットフォームに」
2019年に初めて開催され、今年で第5回を迎えたアートフェア「台北當代(タイペイダンダイ)アート&アイデア」が、台北南港展示センターでスタートした。会期は5月12日まで。 今年のフェアには、世界19の国と地域から78のギャラリーが参加。デイヴィッド・ツヴィルナーやペロタン、Galleria Continuaなどのブルーチップギャラリーのほか、日本からはKaikai Kiki GalleryやKOTARO NUKAGA、MAKI Gallery、 オオタファインアーツ、SCAI THE BATHHOUSE、小山登美夫ギャラリーなど約16のギャラリーが集まっている。 今回の新たな取り組みのひとつとして、同フェアが初めて台湾の文化部と共同で企画した展覧会「Before Thunders: An Exhibition of Taiwanese Artists」が挙げられる。森美術館 のアジャンクト・キュレーターであるマーティン・ゲルマンをはじめ、昨年同フェアのアイデア・フォーラムに参加した4人のキュレーターが、4月に起きた花蓮地震や広範囲に及ぶ人的・環境的大災害の可能性に対応し、許家維(シュウ・ジャウェイ)など10人のアーティストの作品を紹介している。 フェア共同ディレクターのロビン・ペックハムは、「ギャラリーのブースで紹介される台湾人アーティストは、必ずしも今日の台湾現代アートの全体像を反映しているわけではない」と、同セクターの設立意図について説明。この政府との非営利パートナーシップを通じて、一部のアーティストを紹介するプラットフォームを提供すると同時に、ギャラリーやコレクターに台湾のアーティストを発見する新たな機会をもたらすことを期待しているという。 今年の出展ギャラリー数78軒は、2020年の99軒(最大)、コロナ禍中22年の60軒(最小)に比べて、中位のレベルにあると言える。しかし、ガゴシアンやハウザー&ワースなどのメガギャラリーが顔を揃えていた最初の2回に比べると、近年はこうしたギャラリーが相次いで不在になるのは、国際的に活躍する一流アーティストの作品を期待している鑑賞者たちにとってはやや残念なことなのかもしれない。 このような状況に対してペックハムは、台北當代を主催するThe Art Assembly傘下のART SG、Tokyo Gendai のほかにも、香港、ソウル、上海などの都市には様々なアートフェアがあるため、ギャラリーがそのすべてに参加することは不可能だろうと話す。「台湾のマーケットの重要性は広く認知されており、重要なのは、台北當代をいかにそのマーケットのニーズに応えるプラットフォームにするのかということだ」。 そこでフェアのチームは、各参加ギャラリーと個別に連絡を取り合い、地域のコレクターの特徴を分析しながら企画をサポートしているという。今年同フェアに初めて参加し、若手アーティストを紹介する「Edge」部門に出展したシドニーのギャラリー・COMAの創設者ソティリス・ソティリウは、こうした1対1の打ち合わせは「フェアの準備にとても役立った」とし、今回同ギャラリーはメルボルン生まれでアメリカ・サンタフェ在住のアーティストであるジャスティン・ウィリアムズの絵画作品6点を紹介。プレセールを含めて5点が初日に販売された。価格は1万7000ドル~3万1000ドル。 台湾マーケットのニーズに応えたブースの好例として、ペックハムはペロタンとオオタファインアーツを挙げている。前者はジャン=ミシェル・オトニエルの個展を、後者は香港出身のアーティスト、クリス・ヒュン・シンカンの個展形式のプレゼンテーションを行った。いずれも台湾で人気の高いアーティストだ。最大6万2000ドルの値がつくヒュンの作品は初日にほぼ完売したという。 デイヴィッド・ツヴィルナーは、草間彌生の代表作であるかぼちゃの立体作品やインフィニティ・ネットの絵画、ゲルハルト・リヒターの「25 Farben」シリーズの絵画、ヴォルフガング・ティルマンス 自身がセレクトしキュレーションした1986年から2022年までの作品群などを展示。初日の最初の1時間でニュージーランド生まれでロサンゼルスを拠点に活動するエマ・マッキンタイアの絵画4点が完売となった。なお同ギャラリーの香港スペースでは25年春にマッキンタイアの個展を予定しているという。 初日の作品の売れ行きについては、ギャラリーによって様々な声が聞かれた。Kaikai Kiki Galleryは初日に小型作品をメインに販売し、エイプリル・ストリートと山口幸士の2人展を行うGallery COMMONは山口の絵画4点を販売した。 台北のEach Modernは、チャン・ティントンやヒロ・チェン、ヘル・ゲッテ、A KASSENなど13人のアーティストを紹介し、初日には約10点の作品をソールド。台北市内にある同ギャラリーの展示スペースでは、フェアの開催にあわせてチャイ・ジェン、ディン・ホンダン、ホアン・ビンジェなど6人の中国本土出身のアーティストのグループ展を行っており、ディンの作品3点やホアンの紙の作品が完売。またツァイ・チェンの3.5メートル級の作品も売約済みとなったという。ギャラリー代表のホアン・ヤジは、「台湾のコレクターが優れたビジョンと実力を持っていることを証明している」と語っている。 また、5回連続で参加しているSCAI THE BATHHOUSEは、台湾マーケットでの長年の耕耘と、宮島達男や名和晃平、森万里子、中西夏之 などが台湾で一定の知名度を得ていることもあり、初日の売上が好調だったという。しかし、比較的馴染みのない顔ぶれを紹介するギャラリーにとっては、初日の売れ行きは伸び悩んだようだ。 初めて海外のアートフェアに参加した東京のSOM GALLERY は、あえてオランダを拠点に活動するアーティスト、アルド・ヴァン・デン・ブロークとジョニー・メイ・ハウザーの2人展を開催。共同創設者の村上学嗣は、「アジアでまだ発表したことがほぼないアーティストたちの認知度を広げることは、ギャラリーの使命だ」と話しつつ、日本のギャラリーが本国アーティストを紹介するというメインストリームとは異なる取り組みを行う意義を強調している。 ペックハムは、台湾のアートフェアにおける作品の取引は「最初の数時間で行われるものでなく、少なくとも2~3日が必要だ」と述べている。台湾のコレクターの特徴をより理解するため、フェアは会期中に3つのアイデア・フォーラムを企画し、美術館などの公的機関、民間の財団、新世代のコレクターという3つの視点から台湾の蒐集文化について議論を行う。 アートフェアの増加や景気の低迷を背景に、フェア主催者や参加ギャラリーは、自らのポジショニングやターゲットとなる鑑賞者のニーズを理解することがますます重要になっている。5月にはレンゾ・ピアノ設計で建設に約10年を費やした富邦美術館(Fubon Art Museum)が台北・信義地区に開館し、洪建全財団(Hong Foundation)などの民間財団も若手アーティストや台湾のアート・エコシステムを支援し続けている。 出展ギャラリーによると、台湾のアートマーケットは「ヘルシー」なようだ。2019年の台北當代初回開催後、中国政府は中国人の本土から台湾への個人観光旅行を禁止した。また台湾海峡で緊張が高まっている近年において、同フェアが台湾でもっとも重要なアートイベントのひとつとして継続的に開催されていることは、台湾のマーケットの強靭さを反映している。台湾のアートマーケットや同フェアの今後についても、引き続き注目したい。
文・撮影=王崇橋(ウェブ版「美術手帖」編集部)