5000人の非行少年・少女と向き合った「虎に翼」寅子モデルの三淵嘉子。裁判官退官後に綴った想い
嘉子の場合は、調査報告書に目を通して、処遇について調査官と意見が異なれば、事前協議を行っていた。また、審判廷で調査官の意見と食い違いがあれば、別室に移ったり、少年や保護者を退席させたりして、その都度、調査官と協議を行うことを徹底していたという。 裁判官は、調査官の価値観や考え方まで把握したうえで、調査報告書を読むべきだ……とまで、嘉子は言っている。その理由について、こんなふうに例を出して説明している。
「たとえば、正義感の非常に強い人は、非行事実が悪質であると、それに対する許し難い感情から、少年その人に対する保護的援助の気持ちが薄くなることがあります。 また人情家であり過ぎると、情に溺れて厳しい教育的処遇がつい疎かになることもありましょう。これらのことは、裁判官も常に反省しなければならないことですが、調査官の人柄によってその意見に特色があることを注意していなければなりません」 また、嘉子は調査官の経験にも気を配るべきだとしている。もし、調査官に家事事件の経験が不足していれば、少年が抱える家庭の問題点を、十分に洗い出せていない可能性があるからだ。
そうして調査官と意見交換をしながら、最終的に事実を認定するのは、裁判官の専権事項となる。いかなる判断を下すかは、嘉子のようにキャリアを重ねても「これが正しい」と確信を持つことは難しい。 民事裁判にしても刑事裁判にしても、成人であれば、法による裁きを受けた結果、一生を左右するような重大な結果を招いてしまっても、それは本人の責任だ。 だが、成人の事件とは状況が異なる少年事件の場合、「少年の処遇は、少年の健全育成を目的とする」として、嘉子はこうつづっている。
「少年審判は、これからその人生が拓けて行く将来ある少年の運命を左右する決定であり、少年の人生を健全な方向へ舵をとる役割を持たされていることは、少年の人生軌道スイッチを押すような重大な責任を感じます」 とりわけ嘉子を悩ませたのが、親から捨てられた子どもが非行に走った場合、たとえ少年院で矯正教育を受けて社会に出ても、生活の援助が受けられずに、また非行に走ってしまい、再び施設に収容される……という悪循環に陥りやすいことだ。