LEDブーム終焉と悲観論 “壊滅”避けた日本 ~照明業界 未来予想図~
◆過度な「LED悲観論」 青色LEDの発明と実用化に貢献した赤﨑勇氏、天野浩氏、中村修二氏の3人が2014年、ノーベル物理学賞を受賞した。その頃、日本のLEDブームは既に落ち着きを見せつつあった。「LEDバブル」が弾けたようでもあり、LEDランプを中心とする異業種からの参入や新興企業の撤退・淘汰、それに伴う在庫処分価格での投げ売り現象が見られた。 【関連写真】日本と世界の照明市場の違い 15年には東芝グループの不正会計問題が発覚。照明業界2位の東芝ライテックが想定外のマイナス影響を受け、市場にも一部混乱が見られた。半面、照明器具でLEDの占める割合(LED化率)は高まり続け、照明メーカーからの出荷ベース(フロー)は既に100%に近づいていたことから、世間的には「稼ぎづらく伸びしろの少ない、終わった市場」とみなされる向きが強まった。 照明業界では、世の中に存在する従来光源の照明(ストック)を軸に市場を喚起しようとしていた。しかし、フローに比べると、市場の認識や捉え方がやや分かりにくかったこともあり、潜在的な期待値を維持しにくい要因になっていた。 私は、現職でさまざまな市場・製品・技術・企業に触れる機会がある。一定のブームを迎えた市場や、過度な期待(実需に先行して注目度が高い)局面を経験した市場は、その後高い確率で悲観論を持って語られることが多い。 例えばこの時期、LED照明と並行してブームとなっていたのが、電力不足の懸念を受けて注目を集めた太陽光発電市場だ。優遇されたFIT(固定価格買い取り制度)により、短期間で著しい成長を見せた一方、結果的には古参・高シェアであった日系パネルメーカーは、中国メーカーにスケールで駆逐・淘汰されてしまった。実像・実態以前の「終わった市場」とのみなされ方は、LED、太陽光双方の市場を定例調査していた立場からは非常に似通ったものを感じていた。 中長期的な業界の動きや個別企業の事業に成長が見られたり、問題がなかったりしても、外部からの注目度・関心度が連動しないケースはある。それは、こうした変化の激しい時期におおむね起きやすいように思う。 ◆コモディティー化を回避 日本の照明市場はこの時期、本当に「終わった」とみなすことが正しかったのか。実はこの点は、世界と比べて大きく異なる様相へと変化したと言える。 私は当時、現地調査やセミナー講演などで海外のいくつもの国・地域を訪問し、現地の照明市場に触れる機会があった。そうした中、実感したのは、ほとんどの国・地域で「コモディティー化による市場拡大と既存プレーヤーの淘汰」という、イノベーションによる既存構造のまぎれもない崩壊が見られたことだ。 グローバル市場の3大ランプメーカーであったフィリップスとオスラム、ゼネラル・エレクトリック(GE)は、ランプ販売時代の終焉(しゅうえん)を軒並み迎えていた。LEDランプやLED器具を製造する中国メーカーの台頭に伴い、生産工場の縮小や閉鎖、OEM(相手先ブランドによる製造)への切り替えで、工場を持たないファブレス化などを進めていった。 市場は、LED照明を安価に製造・販売するローカル企業が増えたことで、ランプ販売を軸にした既存の流通構造を維持できなくなっていた。これは、太陽電池や液晶産業などで起こったコモディティー化における変遷そのもので、これまで訪れた国・地域は共通して直面している状況だった。 こうした市場環境がグローバルで進展する中、オスラムとGEは照明事業を売却・終了することになった。フィリップスは照明事業をグループから切り離し、18年にシグニファイへと社名を変更した。 オスラムとGEは、新興メーカーの台頭により、従来事業や収益化できていたセグメント(下図のA、Bグレード)が新興セグメントのCグレードに飲み込まれると判断したことから、照明事業の売却・終了を決断したとみられる。世界シェアが高かったがゆえに、不利となる局面における、マイナス影響の大きさからの「祖業終了」だった。 一方、シグニファイの選択は、世界シェアトップのA、Bグレードを保持しつつ、より高度なSグレードへの挑戦を目指すものだった。Sグレートとは、Solution(ソリューション=コト提案)またはSpecialty(スペシャリティー=先鋭化)が該当する。汎用・標準市場を軸にした企業では追随できない、より高度な提案型照明企業を目指す方向性を選択した形だ。 一方、日本は、世界に対し「コモディティ化の脅威を防いだ」極めて珍しい市場となった。各国・地域で、▼主力ランプメーカーのプレゼンス低下▼中堅・上位の器具専業メーカーのシェアが増減・分岐▼多数の新興メーカー・販売事業者の増加でシェア分散といった現象がみられたが、日本市場は相対的に小さな変化にとどまった。 その主な要因は、①業界団体の結束力と影響力②安価でも低品質な製品を受け入れないユーザー層の存在③日本独自の商流・商慣習・規格による高い参入障壁の3点が挙げられる。 ①は、例えばオーストラリア市場では、日本と同じように25~30%の現地シェアを誇る企業が存在したが、影響力のある業界団体は存在していなかった。アジア生産品が急速に流入してくると、慌てて団体を設立したものの、政治・規制的に食い止めることができず、このトップ企業は短期間で破産申請に至ってしまった。在来種によって独自の生態系を構築していたフィールドに外来種が一挙に押し寄せ、席巻したかのような事象が同国以外でも同様に見られた。 ②は、例えば新設のショッピングモールにLED照明を納入後、半年でちらついていようと「問題なし!」という新興国などでは、価格重視品の流入は防ぎようがなかっただろう。 ③は、照明製品に限らず、わざわざ日本仕様を用意する手間や費用、そして販路・顧客開拓の難易度が防護壁となっていた。これは日本の照明市場のランプ規格の差異による「ガラパゴス化」に通じるものだ。 これらを成立させるうえで補完要因を加えるとすると、④世界に先駆けたLED化といったことも影響していた可能性はある。仮に日本が世界と同じペースでLED化が進んでいた場合、製品仕様や設計、各種規格などはもっと共通化・標準化され、①~③の作用も薄らいでいた可能性がある。 イノベーションに伴う“壊滅的”な状況が散見された世界とは異なり、日本はコモディティ化とそれに伴う市場の変化が大きくはみられず、結果として「主要プレーヤーの顔ぶれはほぼ変わらず、時間をかけたSグレート展開」が可能となった。 しかし当時、日本市場に対するこうした認識や理解は、ほとんどされていなかった。社会的には非常に「悲観的」な観測・見解と、それに伴う判断が多くみられた。もちろん、新興メーカーや新規参入企業にとっては、期待通りの成果が得られなかったケースも多かったため、誤った判断とは安易に言えないことも確かだろう。 ただ、このような状況から、世界も日本もSグレード市場への展開を重視するようになる。ここから「照明制御・ソリューション」市場が進展していくことになる。 執筆構成=富士経済・石井優
電波新聞社 報道本部