「生存に不利」なはずなのに、なぜ我々人間には「モラル」があるのか…科学者たちが奮闘の末に解き明かした人類の進化の「謎」
人種差別、経済格差、ジェンダーの不平等、不適切な発言への社会的制裁…。 世界ではいま、モラルに関する論争が過熱している。「遠い国のかわいそうな人たち」には限りなく優しいのに、ちょっと目立つ身近な他者は徹底的に叩き、モラルに反する著名人を厳しく罰する私たち。 【漫画】「しすぎたらバカになるぞ…」母の再婚相手から性的虐待を受けた女性が絶句 この分断が進む世界で、私たちはどのように「正しさ」と向き合うべきか? オランダ・ユトレヒト大学准教授であるハンノ・ザウアーが、歴史、進化生物学、統計学などのエビデンスを交えながら「善と悪」の本質をあぶりだす話題作『MORAL 善悪と道徳の人類史』(長谷川圭訳)が、日本でも刊行される。同書より、内容を一部抜粋・再編集してお届けする。 『MORAL 善悪と道徳の人類史』 連載第21回 『チンパンジーにもモラルがある!?…なぜ人類は進化に不利な「協調性」を身につけることができたのか』より続く
人間特有の「モラル」の進化
モラルとは、協調を可能にする心理メカニズムのことだ。ここまで、このメカニズムの理解に欠かせない科学ツールのいくつかを紹介してきた。理論を背景にもつことで、道徳の誕生という問題をより正確かつ科学的に論じることが可能だ。人間のモラルとは、神の発想でもそのほかの誰かによって前もって決められた規範のカタログでもなく、歴史で培われてきたものだ。だからこそ、道徳哲学は―ニーチェが鋭くも指摘したように―系譜的なのである。 道徳の歴史は、進化論、道徳心理学、人類学における最新の発見に依存する。依存するがゆえに、当時ニーチェが批判した、道徳の起源を考える際に多くの人が示す単純さも、ニーチェ自身が有していた、考え方としてはおもしろいが同時に悪いクセでもあった極端な誇張も避けることができる。 人間のモラルは特定の条件下で成立し、環境に合わせて進化してきた。人類は小さな集団を形成し、集団間の争いは絶えることがなかった。そんななか、気候的に不安定な環境に包まれながら、自分たちよりも大きな哺乳類を狩って何とか生き延びていた。そのような環境の作用で、人類は柔軟さを、知性と協調性を、さらには部族思考や暴力傾向も獲得した。 私たちの道徳観は人間に特有のものだ。霊長類と比較することで、(いわば逆説的に)どの能力が人間の道徳の核心を説明するのにふさわしくないかがわかる。サルがある特性を有するとき、人間の協調性を説明するのにその特性を用いることはできない。
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