コーヒーで旅する日本/関西編|コーヒーにまつわる“体験”を通して好奇心を広げる、オープンマインドな播磨の新星。「REGREEN COFFEE」
全国的に盛り上がりを見せるコーヒーシーン。飲食店という枠を超え、さまざまなライフスタイルやカルチャーと溶け合っている。なかでも、エリアごとに独自の喫茶文化が根付く関西は、個性的なロースターやバリスタが新たなコーヒーカルチャーを生み出している。そんな関西で注目のショップを紹介する当連載。店主や店長たちが気になる店へと数珠つなぎで回を重ねていく。 【写真を見る】豆はすべての銘柄が試飲可能。味の違いを知るきっかけにもなっている 関西編の第85回は、兵庫県姫路市の「REGREEN COFFEE」。それまでロースターがほとんどなかった姫路郊外の住宅地に、3年前に登場したニューフェイスだ。店主の大樫さんは、さまざまな国でコーヒーショップを訪れたのを機に、会社員からコーヒーの世界に転身。バリスタ・ロースターとして腕を磨き、自身が感銘を受けたスペシャルティコーヒーの醍醐味を発信している。多彩なコーヒーの提案はもちろん、「抽出・焙煎など、コーヒーに関する体験を楽しんでもらいたい」という大樫さん。近年、盛り上がりを見せる播磨のコーヒーシーンに新風を吹き込む一軒だ。 Profile|大樫信二(おおかし・しんじ) 1989年(平成元年)、兵庫県たつの市生まれ。高校卒業後、化学薬品会社に勤務。技術指導で海外を訪れた際に、各地のコーヒーショップに影響を受け、幼少時から親しんだコーヒーの世界への転身を志す。7年の会社勤務を経て、東京の専門学校のバリスタコースで学びながら、日本のバールの草分け的存在バール・デルソーレでも修業。地元の播磨に戻り、関西のロースターで焙煎の経験を積み、2021年、姫路市勝原区に「REGREEN COFFEE」をオープン。 ■ロースターでも活かされた会社員時代の経験 「小学生のころからコーヒー好きで、インスタントでしたが、砂糖とミルクを入れて飲んでいました。コーヒー屋さんとしてはどうかと思うんですが、今でもたまに飲みたくなるときがあって(笑)」と、はにかむ店主の大樫さん。一度は会社勤めを経験するも、三つ子の魂のなせる業か、意外なところで出合ったコーヒーとの縁が、大きく進路を変えた。「会社の技術指導で海外に行く機会があったんですが、各地で訪れたコーヒースタンドがとても印象に残って。今思えば、それが開店のきっかけになったと思います」と振り返る。 そうした体験を通して、自分が生涯続けていける仕事は何かと考えたとき、頭に浮かんだのは、幼いころから両親の影響で慣れ親しんだコーヒーの記憶だった。7年の会社員生活を経て一念発起。本格的に開業準備を進めていった大樫さん。初めの一歩に選んだのは、東京の専門学校のバリスタ養成コースだった。「あえて誰も知り合いがいない環境で、集中して修業しようと思っていました。東京はやはり最新の情報が集まっていますし、同業のつながりも広がりやすかったですね」と大樫さん。さらに、この間の一時期はオーストラリアでもバリスタの仕事を経験。さらに学校に通うかたわら、本場イタリアのバール文化を日本に伝えた草分けでもある名店バール・デルソーレの門を叩く。「パイオニアとして知られる名店でもあったため、学ぶことも多く、技術的にはしっかり身についたと思います」と、現場の実践の中でも腕を磨いた。 当初は、自店でもアルコールも提供するバールスタイルでの開業をイメージしていたが、東京で最先端のスペシャルティコーヒーの醍醐味に触れたことで、ロースターへと方向転換。「ちょうど東京にいたのが、スペシャルティコーヒーが広がり始めたころで、焙煎の違いで明らかに異なる風味に驚きました。最初に飲んで衝撃を受けたのは、エルサルバドルのカップオブエクセレンス(COE)。パイナップルを思わせる、果実の風味は今も記憶に残っています」。この出合いをきっかけに、焙煎して豆を販売した方が店を続けやすいと考えた大樫さんは、地元に戻り、関西のロースターで焙煎を学び始めた。 それまで、焙煎の経験は全くなかったが、ここで前職時代の経験が活かされることになる。「薬品を製造する際、熱膨張などの化学変化の知識にはなじみがあって、機械や配管を触る機会も多かったので、焙煎の作業もそれに似た感覚がありました。何より、データをしっかり取って進めれば、ちゃんと豆を焼けるという、手応えを得られたのが大きかったですね。職人的な経験をもとにするのでなく、データに基づいて狙った味に仕上げる感覚に楽しさを見出せました」 ■コーヒーにまつわる“体験”を楽しめる場に 焙煎の技術を磨きながら、イベント出店で経験を重ね、満を持して地元での開店を目指した大樫さん。だが、折しも全国的にコロナ禍に見舞われ、ちょうど物件を決めたタイミングと重なってしまった。テナントが空のまま好転を待つこと1年、2021年にようやくオープンの日を迎えた。店を構えたのは、姫路から一駅西側。郊外の住宅地にあって、商業施設が集まる界隈の中心的なエリア。当初は近隣のお客が主だったが、やがて西は太子町や赤穂、東は加古川、明石からも訪れる人が増えていった。 「当時は、界隈でコーヒー豆を販売する店はほとんどなかった。かつ、試飲ができるとこもなかったから、いろいろ試して選べることが魅力の一つになったと思います」大樫さん。開店以来、豆の品ぞろえも幅を広げ、現在はブレンド2種、シングルオリジン9種に。定番の豆は焙煎度の段階に合う銘柄を吟味し、幅広い選択肢を提案する。地域の嗜好に合わせて、当初はなかった深煎りの豆も増やす一方、シングルオリジンのうち2種は、珍しいプロセスや希少な品種を月ごとに入れ替えている。 「実は自分の好みは深煎りなんですが、選ぶのはお客さんだから、こだわりはあるようでなく、むしろ種類を広げることで、“こういう味があるのか”というのを知ってもらいたい気持ちが強いですね。わかりやすく特徴のある味わいは記憶に残りやすいですし、体験してもらって興味を広げたい」と大樫さん。加えて、オープンキッチンの店内で、抽出の過程や焙煎の作業がどこからでも見えるようにしている。外からも素通しのオープンな店作りは、「ライブ感のある空間で、コーヒーにまつわるあらゆる体験を楽しんでもらいたい。皆さんの関心事もそれぞれ違うので、興味を持ってもらえるフックを多く作れたら」との思いを形にしたもの。開店時から開催しているドリップやラテアートの教室も、そうした体験の一つだ。 ■思いがけない縁から生まれたコラボブレンド 多彩なコーヒーの顔ぶれの中には、ユニークな試みから生まれたブレンドもある。同じ姫路に店を構える、Hi,COFFEE、coffee LUTINOと、3つの地元ロースターがコラボしたお城ブレンドだ。実は、このブレンドの誕生は、意外な縁のつながりがもたらしたものだ。「Hi,COFFEEさんは、同じ東京の専門学校で出会って、地元に帰るタイミングが同じだったこともあり、お互いにイベント出店していました。さらに、イベントを通じてつながった、coffee LUTINOさんも、偶然にも同じ専門学校に通っていたことがわかって。3人で意気投合したことで、コラボの企画が進んだんです」。最初は3人が1種ずつ焙煎した豆を使って、2種のブレンドを作り、お客の投票でベストを決めるイベントを開催。人気を得たものが、2023年にOSHIRO BLEND(オシロブレンド)としてリリースされた。まさにコーヒーが取り持つ縁の賜物と言える。 また今春には、姫路で初のコーヒーイベント・姫路コーヒータウンフェスにも参加。「この1、2年で播磨にもお店がすごく増えてきて、盛り上がりを感じます」という大樫さん。会社員から転身して10年、コーヒー店主として、当時とは違う仕事の醍醐味を実感してきた。「会社ではお客さんと接することなかったので、“おいしかった”という声を聞けたり、喜ぶ顔を直接、見られたりするのは、以前との大きな違い。やりがいにつながりますし、コーヒーはいろんな楽しみ方があるなと感じた3年でした」。今後は、自家製スイーツや、出張喫茶の機会も増やしていきたいという大樫さん。店名のREGREENは、グリーンのさわやかさにリスタート・リフレッシュの意味を掛けた造語。文字通り、播磨のコーヒーシーンに、薫風を吹き込む存在になりそうだ。 ■大樫さんレコメンドのコーヒーショップは「coffee LUTINO」 次回、紹介するのは、姫路市の「coffee LUTINO」。 「店主の小林さんとは、東京の専門学校時代の同窓生だったことから知り合って以来、イベントやコラボ企画で、ご一緒しています。親しみやすく、大らかな人柄に、いつも元気をもらっています。コーヒーのおいしさはもちろんですが、他にない特色がデカフェの品ぞろえの幅広さ。妊婦さんや出産祝いを求める方に人気です。小林さん自身も子育て中のママで、同じ立場に寄り添えるからこその発想が、女性ファンに厚い支持を得ています」(大樫さん) 【REGREEN COFFEEのコーヒーデータ】 ●焙煎機/フジローヤル1キロ(半熱風式) ●抽出/ハンドドリップ(ハリオ)、エスプレッソマシン(ラマルゾッコ) ●焙煎度合い/浅煎り~深煎り ●テイクアウト/あり(500円~) ●豆の販売/ブレンド2種、シングルオリジン7~8種、100グラム700円~ 取材・文/田中慶一 撮影/直江泰治 ※記事内の価格は特に記載がない場合は税込み表示です。商品・サービスによって軽減税率の対象となり、表示価格と異なる場合があります。
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