ニア・アーカイヴスが語るジャングルとUK音楽文化の再定義、多文化・多人種的であること
ジャングルとの出会い、ドラムンベースとの違い
―『Silence Is Loud』はあなた自身にとって新しいチャレンジであると同時に、ジャングルの定義や可能性をさらに押し広げるような素晴らしいアルバムだと思います。リリースから数カ月が経ちましたが、改めて振り返ってこのアルバムをどう思うか、また世間からの反応をどう感じたか、それぞれ教えてください。 ニア:初めてちゃんとした作品をアルバムという形で発表出来たことが本当に嬉しくて。やっぱり本格的な作品づくりをするのってすごく重要なことだし、仕上がりにはとても満足してる。ヴィジュアルについてもすごくハッピーだし、とても良い反応をもらっていて。みんなに会ったり、音楽を聴いてもらえたり、ライブで演奏出来たりすること、それ自体が本当に素晴らしいことだし。年末までには達成したい目標が幾つかあるんだけど、それが実現したら本当に成功したと感じられるんじゃないかな。 ―幾つかの目標というのは、具体的には? ニア:今年のマーキュリーアワードにノミネートされたら嬉しいなって。それが私の夢。っていうのも、1996年に発表されたロニ・サイズの『New Form』が、ジャングルでノミネートされた最後の作品だから。こういう権威のある、オルタナティブミュージックに光を当てる賞で評価を受けることは、私にとって本当に大きな意味がある。だから近々の夢はそれ。 ―他にも目標としていることはあるんですか? ニア:来年にはニューヨークに少し長めに滞在したいと思ってる。それと、私のアーカイブをもっと発展させたり、自分のレーベルを立ち上げたいな。私が興味を持っている新進のアーティストと契約して、そういう人たちをプロデュースしてみたい。 ―どれも実現したら素晴らしいですね。では、本誌では初めてのインタビューなので、基本的なところから改めて訊かせてください。そもそもあなたはジャングルとはどのように出会い、どのようなところに惹かれたのでしょうか? ニア:物心ついた時からずっと、背景にジャングルミュージックが流れているような環境で育って来たけど、その音楽が何と呼ばれるものなのかは知らなくて。でも、カーニバルに行くようになって、さらにたくさん耳にするようになった。そのカーニバルは西インド諸島のお祭りで、毎年8月に開催されているんだけど(※ノッティング・ヒル・カーニバルを指していると思われる)。で、ティーンエイジャーになってから本格的にドラムンベースやジャングルを聴くようになって、こういう音楽もあるんだと知って、底なし沼にはまっていった感じ。ジャングルの歴史について知れば知るほど、この音楽が持つカルチャーにのめり込んでいったっていう。 ―歴史的な観点で言うと、ジャングルはジャマイカのレゲエやダブとイギリスのクラブカルチャーとの出会いで生まれた音楽ですよね。そしてあなたもジャマイカとイギリスにルーツを持っています。そのようにジャングルが自分の人種的なアイデンティティを象徴していることは、あなたにとって重要なことですか? ニア:自分の伝統や出自に誇りを持つことはすごく重要なことだと思う。ジャングルはイギリスの(カリブ海)移民から生まれたサウンドシステムのカルチャーだから。自分がイギリス人として受け継いだものや、ジャマイカ人として受け継いだものを誇りに思うことで、また次の世代へと受け継いでいくっていうのは、すごくクールなこと。ジャングルはすごく英国的なサウンドだから、すべてが上手く調和しているし、自分のアイデンティティをとても誇りに思ってる。 ―では、特に影響を受けたジャングルやドラムンベースのアーティストを挙げるとすれば? ニア:私が大好きでお気に入りなのは……お気に入りというよりも、自分の音楽にもっとも大きなインスピレーションを与えてくれた人の一人は、4ヒーローかな。彼はマニックスやトム&ジェリーという別名義でも活動していて、彼の音楽はまさに自分が作ろうとしているものにとても近いというか、彼は長年、私にとってすごく大きなインスピレーションの源で。それにレモンDも大好きだし、もちろんゴールディーもね。私はゴールディーのエクスペリメンタルな作品がとても好きで……ギターサウンドをジャングルに乗せたり、そういう部分からたくさんのインスピレーションを得ているし、彼の人間としてのカリスマ性にも惹かれる。 ―アルバムには、ゴールディーからあなた宛てのボイスメッセージがサンプリングされている曲もありますよね(「Tell Me What it’s Like?」)。彼はあなたにとってどのような存在なのでしょうか? ニア:彼は私が長い間尊敬してきた人だし、私にとってのアイコン。彼はジャングル界では数少ない大ブレイクしたスターの一人で、ジャングル界ではもちろんとても大きな存在だけど、イギリスでは誰もが知っている有名人でもある。もちろん、彼は音楽だけじゃなくて、一人の人間としてもとても素晴らしい人で。だから、彼は本当に尊敬すべき偉大な人物だし、この数年間、私にとって本当に素晴らしい助言者(メンター)だった。彼との関係性を私はとても大切にしているし、彼と知り合えたことがすごく嬉しくて。たくさんアドバイスもしてくれるし、ある状況をどう切り抜けるか、色々教えてくれた。だから、彼とのフレンドシップをすごく楽しんでる。 ―ロニ・サイズ以来のマーキュリー受賞が念願だと話していましたが、もちろん彼からも影響は受けている? ニア:もちろん、ロニ・サイズも私にとても大きな影響を与えてくれた。(ロニ・サイズと同郷の盟友である)DJダイのようなブリストルを代表する音楽もすごく好き。(ロニ・サイズが率いるグループで、DJダイもメンバーの)レプラゼントはダブルベースを筆頭に生の楽器をたくさん使っているし、豊かな音楽性で、今私がやっていることに直接インスピレーションを与えてくれる存在だから。 ―あなたは自分がジャングリストだと自称していますよね。最近はジャングルとドラムンベースを一緒くたにしたような言説も多いですが、あなたは両者の違いをどのように定義していますか? ニア:ジャングルは、言ってみればドラムンベースの兄貴的な存在。それに、サウンドシステムのカルチャーとの関係性によって定義される部分がとても大きいと思う。いわゆるジャマイカからのヘリテージ(文化遺産)という部分でね。ドラムンベースは、またジャングルとは違ったサウンドだと思っていて。ジャングルはブレイクビーツを主体としていて、よりカオスなサウンドだと感じる。アーメンブレイクやシンクブレイクっていう、とても有名なブレイクビートがあるけど、それがジャングルミュージックのバックボーンになっている。それを使わずに音楽を作るのは、ほぼ不可能と言えるくらい。 ―ええ。アーメンブレイクはウィンストンズ「Amen Brother」(1969年)のドラムブレイクをループさせたもので、シンクブレイクはリン・コリンズ「Think (About It)」(1972年)のドラムブレイクとチャントをループさせたものですね。どちらも非常に多くのジャングルのトラックで使われています。 ニア:他にもブレイクは色々あって……例えばヘリコプターとかね。とにかくブレイクがジャングルを形づくっていて、あとはサンプルのチョイスがラガのボーカルだったり、そういうものも構成要素になっている。一方でドラムンベースはもっとダークで、よりエレクトロニックなサウンドを主体としていて。ブレイクビーツはもっとずっと洗練されていて、ジャングルのクレイジーなスネアの代わりに、2ステップのようなパターンを使っているし。だから、その2つはサウンド的にはまったく異なるものだと思っていて。 ―なるほど。 ニア:私は、ジャングルはかなり荒削りで、なおかつ親しみやすい感じだと思う。ちょっとローファイな、生のサウンドがあって。一方でドラムンベースは超絶的なミックスサウンドになっている。もうほとんど科学と言ってもいいような壮大なサウンドで、クリップを科学的にミックスしたような感じ。そこが、両者の大きな違いに感じるな。