片目を隠した女性集団のシュプレヒコールに伴走…独裁政権から亡命した83歳の映画監督が「距離」があるからこそ撮れた「チリの姿」
作品に織り込まれた「詩的な魅惑」
――最初の石にフォーカスしたシーンや、片目を隠した女性集団のシュプレヒコールに随伴したシーンなど、本作には詩的な魅惑も多く含まれています。作品自体は、チリの社会的な変動を受けて、いわばやむにやまれぬ衝動から作られたものとは思うのですが、そこに美的なエッセンスを加えることは意識されていらっしゃいましたか。 作品に「詩学」を取り入れることは、常に意識していることではあります。それは映画の可能性を広げてくれるからです。壁や石、また砂など、それ自体は何も語ることはない事物の、しかし確かに語りかけてくる声に耳を澄ませて、その中にある「詩学」を抽出すること。それは私が映画作家としてずっと取り組んできたことでした。 そうした思いは、チリの国土にも起因するところはあると思います。チリはほかのラテンアメリカの国と比べても資源に乏しく、チリの中にいて、空虚感や孤独感を覚えることは少なくはありません。しかし、そのことを重くとらえるのではなく、その孤独の中から映画を作ることが肝要であるのだと思います。いわば、「孤独の詩学」とでも言うのでしょうか。 ――作品に登場する女性たちは、作家や映画監督、チェスのプレイヤーなどバックグラウンドは多彩ですね。 もともと、取材をする際には女性により比重を置くことを決めていました。プロデューサーのレナーテ・ザクセさんはインタビューは女性だけにしようとおっしゃっていて、話し合いの中で男性にも話を聞くことにはしたのですが、結果としては、やはり女性が多くなりました。というのは、女性の方が話の内実が濃く、かつ、表現が豊かであったからですね。言葉に力や幅が感じられることに重点を置いた結果、今のような形になったとは言えるでしょう。
「距離」への意識
――全編に現れる監督のナレーションには、「距離」を感じました。たとえば、「私が予想もしなかったことを準備していた」「私が初めて見る光景だった」などですね。それは監督自身がかつて経験した社会運動との「距離」もあるとは思うのですが、現在はフランスに住まわれている、ある意味で完全な当事者ではないという、外部の視点からチリを見るような「距離」も介在しているのではないかと感じました。 お答えすることは簡単ではないのですが……。ただ、私としては、遠くから、離れたところから映画を作ることが大事なのだと思っています。おっしゃられたように、私の現在の生活の基軸はフランスにあり、チリには時折足を運ぶくらいではあります。ただ、その「距離」があるからこそ、行くたびにチリに新しいものが感じられ、その都度驚きを得ることができるんですね。それがあったからこそ、本作『私の想う国』もこうして形にすることができたんです。 また、チリを離れる以前にも、「距離」への意識はあったように思います。先ほども少しお話しましたが、もともと、チリは国土としては少し特殊な国で、地図を見てもわかるように、その国土は南北に細長く広がっています。そのため、気候なども北部と南部では差があり、北部は砂漠が広がっているのですが、南部は南極にも近いため、極寒の地域となっています(註:なお、チリは南極大陸の125万平方キロにも及ぶ領域を自国の領土として主張しているが、国際的には認められていない)。それは必ずしも良いこととは言えませんが、ただ映画を作るうえでは、そうした地理的な多様性が作品に良い影響を与えることが多かったですし、「距離」があることは、私にとっては決してマイナスではありません。 ――派生して、『光のノスタルジア』や『真珠のボタン』では、地球や水の歴史といった角度から人間の営みを捉えるような雄大な視点が印象的でしたが、本作においても歴史から人間を照射するような視点はつながっていると感じます。歴史を描くことへの考えをお聞かせいただけますか。 国の歴史について、映画のなかで包括的に語ることは難しいですが、ただ、いくつかの断片的な歴史にフォーカスすることで、得られるものはあるはずだと思っています。 たとえば、街を歩く人にインタビューをすることで、その人が背負っているものや、歩んできた道の輪郭は見えてくるわけですね。あなたの家はどこか、誰と一緒に住んでいるかといったありふれた質問でも、それを重ねることによって浮かんでくるものはある。あるいは、質問をして、答えるまでに間が生まれたり、何も答えてくれなかったりした場合でも、その背景を考えることで見えてくるものはある。そのように断片的な背景や歴史に目を向けることは、映画を豊かにしてくれる行為であると感じています。
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