「音楽を愛する人間が最後に残る」ブルーノート創立85周年、社長ドン・ウォズに学ぶレーベル運営論
リスナーを信じること、音楽を愛すること
―「音楽を売る」という話になると、最近はTikTokやInstagramへの対応、アルゴリズムの攻略などが盛んに語られますよね。ブルーノートが扱っている音楽は、必ずしもそういった状況と相性がいいわけではなさそうな気がしますが。 ドン:確かに、TikTokはブルーノートに何もしてくれてない……。 ―ですよね。 ドン:若手のドミ&JD・ベックはうまく活用してると思うけどね。でも何より、まずはいい音楽を作らないと。考えるべきはそのことだ。先にInstagramやTikTokのことを考えるな。“15秒聴いたら次に移られる”ことを考えるな。そうではなくて、自分に作れる限り最良の、心からの音楽を作ってほしい。そうしたら、あとは僕ら(レーベル)がやれる限りのことをして、人々に探してもらえるようにするから。TikTokやInstagramにアップすることも含めてね。 実際、ブルーノートのInstgramにも50万近いフォロワーはいるし、情報を届ける手段として悪くはないと思う。NYまで飛行機で行ってテレビ番組に出るよりも楽だし、ずっと直接的だ。なので、僕は決して否定的ではないよ。ただ、それに合わせて音楽を作ってはならない。今の時代、レコードが25000枚売れれば凄いって言われることを考えれば、10秒で42万5千人に届けば、御の字じゃないか! ―「とにかくいい音楽を作ってくれればいい」と。つまり、あなたはリスナーを信用しているってことですか? ドン:ああ。100%信じている。ブルーノートで働くようになる前から、僕は40年間プロデューサーとしてやってきた。ヒット作が欲しくなかったわけじゃない。僕だってヒットさせたかった。ところがラジオでかかってる曲を真似るたび、クソみたいなものになった。だから、そんなふうに考えるのをやめ、ただ真実を語らせようとしたらうまく行ったんだ。全然流行に沿ってなかったとしてもだ。 僕のプロデューサーとして初の大ヒットはボニー・レイットだ。彼女とは4枚作ったが、最初の『Nick of Time』はグラミーの最優秀アルバム賞を獲得した。1989年のことさ。40歳の女性がスライドギターを弾きながら歌うアルバム……ボニーは流行とは真逆だった。でも彼女は真実を歌っていた。ロックンロールのイディオムで「40歳になって、子供を産むにはもう自分は歳を取りすぎたかもしれない」と不安な本音を歌った初めての女性だった。それまで40歳の女性は18歳のふりをせねばならなかった。でも彼女はそうすることなく、すべての流行に逆らい、真実を語り、それに人々が応えた。800万枚の大ヒット作になり、誰もがああいうアルバムを真似て作り始めた。僕のところにも突然、女性ブルースのプロデュース依頼が舞い込んできた(笑)。 ―ははは(笑)。 ドン:それはともかく、僕が言いたいのは、音楽の真実を見つけるだけの知性とセンスとオープンマインドさがリスナーにはある、と心から信じているということ。リスナーを見下し、レベルを下げたものを作る必要なんてどこにもない。アーティストは他人になろうとせず、自分そのものを表現すればそれでいい。他とは違う能力や資質があるからこそ、アーティストなんだ。その違いを大いに強調し、生かすべきだよ。 僕は個人的にテイラー・スウィフトをよく聴いてるわけじゃないが、彼女の音楽が世界中の、異文化の、英語も話さない人たちに共感を呼んでいる事実は認めている。ドイツかどこかのスタジアムのショーを(山に登ってタダで)見るために数万人が押しかけた写真、あんな光景は初めて見たよ。あそこまで共感を呼ぶアートを彼女が作って、それに人々が反応したというのは素晴らしいことだ。アーティストはそれを目標にすべきなんだ。 ―あなたはプロデューサーを長くやってきて、今はレーベルオーナーで、音楽ビジネスの厳しさも熟知していますよね。でも、今の話もそうですが、あなたが話す様子は「高校生や大学生が夢を語ってる」みたいに見えるんですよ。どうしたら、そんなにピュアなままでいられるんでしょうか。 ドン:青臭く聞こえるかもしれないが、シニカルになってしまったらおしまいだよ。特にクリエイティブな人間はね。音楽業界も同じだ。僕が音楽を作り始めて45年ほど経つが、レコード業界の嫌な連中を大勢見てきた。でも彼らはみんな消えたよ。そういう奴らは長続きしないんだ。長く残っているのは音楽が好きで、音楽のために仕事している人間たちだ。 レコード会社に対してシニカルなことを言う人は多い。僕もブルーノートに雇われるまではそうだった。これが僕にとっては初めての「仕事」なんだ。音楽を作ったり、スタジオでレコーディングするのを「仕事」だと思ったことがない。あれは楽しくてやってたこと。なので、ブルーノートの社長になったのが最初の仕事だ。それまでハゲ頭のオッサンが葉巻を燻らしながら、人の金を盗んでるのがレコード会社だというイメージだったが、そうじゃない。ここにいるスタッフの大半は20代、30代の音楽が大好きな若者で、遅くまで仕事をしてるんだよ。今、東京は何時だ? ―朝の10時半ですね。 ドン:こっち(ニューヨーク)は18時半だが、僕以外の全員がまだオフィスにいるよ。23時くらいまでいるやつもいる。彼らはレコードを出すために仕事している。一度もアーティストに会わない連中だっている。ただ音楽が好きなだけだ。そういった若者たちがレコード会社を作っている。だから会社を経営する人間もそうであるべきだ。音楽を愛する人間が最後に残る。シニカルな連中は手っ取り早い成功を手にするかもしれないが、数十年後にはいなくなっているよ。
Mitsutaka Nagira