「音楽を愛する人間が最後に残る」ブルーノート創立85周年、社長ドン・ウォズに学ぶレーベル運営論
ジャズとヒップホップは相思相愛
―これはあまり語られないことですが、ブルーノートの偉大さの一つに「コンピレーションで自身の新たな価値を再提示してきたこと」があると僕は考えています。こんなにたくさんコンピレーションをリリースしてきたレーベルは他にありません。そのことについて、どんな印象を持っていますか? ドン:一般的に、人々はジャズを誤解していると思う。平均的な人たちはジャズを怖がっている。3年間、大学でジャズの音楽論を勉強しないと、ジャズを楽しめないと思っている。それは全く正しくないわけで、何も知らなくたって何だって楽しめるのが音楽だ。曲を聴いて、グッとくるかこないか。こなければ別の曲を聴いてみろ。そっちの方が君に向いているのかもしれない。 ―間違いないです。 ドン:ブルーノートには何千枚というアルバムがあり、そのどれもが違う1枚だ。コンピレーションは音楽に対する恐怖心を取り払ってくれるのだと思うよ。ジャズに限らず、音楽リスナーを集めてリサーチをすることがある。「ジャズはお好きですか?」「ジャズは嫌いだ。ジャズは大学教授の音楽だ」……でもリー・モーガンの『The Sidewinder』を聴かせると「ジャズは嫌いだが、これはなんだ? ジャズがこんなだとは知らなかった。これは好きだ」と言うんだ。そんなふうにコンピレーションは、さらに聴いてみようと思わせる、音楽の入り口を提供する。今回のコンピレーションを聴いて、気にいる曲が1曲もないことはありえないよ。誰もが最低1曲は好きな曲を見つけられる。時代を超えて色々な音楽が入っているからね。「この『Ceora』って言うのはなんだ? リー・モーガン?」……そしてそこからさらに知っていくんだ。 ―ブルーノートに関しては、ジャイルス・ピーターソンのようなDJが影響力のあるコンピレーションを作ってきました。それも重要だったと思うんですよ。 ドン:前もってプランを立てて起きたことではないんだが、ブルーノートのアルバムには最高のドラムブレイクを持つ曲が多かったということさ。ヒップホップが最初に生まれた時、若者の多くが楽器は買えないがターンテーブルは持っていた。彼らが行き着いた先が、最高のグルーヴのドラムブレイクを持つブルーノートのアルバムだった。ヒップホップのルーツがどこにあったか、それをそれらのコンピレーションは示している。つい先日、ラリー・マイゼルの80歳の誕生日で、ア・トライブ・コールド・クエストのアリ(・シャヒード)とエイドリアン・ヤングに会ったんだ。 ―『Jazz Is Dead』の? ドン:ああ、その2人さ。彼らは言ってたよ。「ラリー・マイゼルが兄弟で作ったアルバムがあったから、自分たちはそれをサンプリングして、ヒップホップのレコードを作れた」とね。そういったことは意図的に起こることじゃない。誰も30年後、どうなっているかなんてわからない。でも事実として、ヒップホップの深いルーツにブルーノートがある。だからマッドリブやジャイルズらDJたちはそこに惹かれ、好んでリミックスした。マッドリブが『Shades of Blue』を作ったのも、かつてのミュージシャンたちに“借り”があると思ったからだ。 ―『Shades of Blue』だけでなく、最近ではマカヤ・マクレイヴン『Deciphering The Message』のように、アーティストが自由に扱えるサンプリングソースとしてレーベルの音源を委ねていましたが、これもまた珍しい例だと思います。 ドン:大好きな作品だよ! マカヤには僕から連絡をして「どうかやってくれ」と頼んだんだ。素晴らしいことだと思う。そうやってジャズの新しいファンが開拓され、やがてウェイン・ショーターまで浸透する。「あのループの起源は?」と皆、知りたいと思うようになるんだ。 ―ブルーノートはDJやサンプリングに寛容ですよね。 ドン:DJたちには感謝しているんだ。彼らがブルーノートの音楽を、そして多くのミュージシャンを生かし続けてくれたわけだから。ルー・ドナルドソンの「Ode To Billy Joe」からのブレイクビートで彼は食えていると思うし、ロニー・フォスターもあの1曲(「Mystic Brew」)が100万回はサンプリングされている。ロニーは今もブルーノートだよ。彼と契約し直したんだ。ジャズの連中たちにヒップホップの連中は本当良くしてくれた。というか、相思相愛なんだ。 ―とはいえ、これだけ長い歴史がありながら「音源すべてを自由に使ってアルバムを作ってください」なんて寛容さをもつレーベルは他にない気がします。 ドン:たしかに。でもDJたちが僕らに良くしてくれてるんだよ。だから僕らが寛容だとは特には思わない。若い人たちが音楽を愛してくれて、そこから新しい何かを作りたいと思ってくれることに感謝している。そもそも、それがレーベルの伝統なんだ。すでに存在するものの中から、新しい何かを生み出す。その手法はリミックスでも、オーネット・コールマンのハーモロディックのように演奏を始めるのでも同じこと。ソニー・ロリンズは僕に「ビバップ時代に最も近いと感じるのはヒップホップだ」と話してくれた。メンタリティが一緒だと。もしチャーリー・パーカーが今生きていたら、ヒップホップをやっていただろうとね。