【泉房穂×菅孝行 徹底討議】政治によって「世界全体の作者」になる
夢の遊眠社、劇団綺畸…駒場寮の劇団のエネルギー
菅間違って東大に入った人だから、それが良かったんじゃないですか(笑)。いずれにせよ、40年ぶりの再会だったけど、泉さん、そんなに変わってませんね。 泉菅さんへの私の印象もそうです。昔からこういう形でいろいろ厳しいご指導を受けてたのでね。 菅演劇論的に見ると、泉さんはプレイヤーだけど、「シナリオを書きたい」とこのごろしきりに言うじゃない。テーマを決めて、プランを立てて、自分も舞台に立つ、そういうスタンスで、ずっと来たわけですよね。でもこれからは、渦中にいながら、いろんな人を配置して、自分はそこからもう少しひいた立場で全体のシナリオを書く。演出もする。そういう位置を行こうとしている。作家と役者と演出家。要するにひとつの世界全体の作者になろうとしてる。 泉市長は個人戦だから。個人戦を戦っている。だけど国政になってくると総力戦、チームだから、1人で戦うわけではない。いかに総合チームを作るかという問題になってくるから、そこは発想を変えないといけない。市長の延長線上に国政があるわけではないので。そういう意味では、自分が役者でありながら、作家で演出家というのを目指しているのかも知れません。芝居で言うと、当時の駒場寮の中にもムーブメントがありました。 菅野田秀樹がいた時期だよね。 泉そうです。駒場小劇場という芝居小屋があって、野田さんは、そこの管理責任者であり寮長やったんですよ。私は駒場小劇場の責任者で、夢の遊眠社の最後の公演もやって、劇団綺畸(きき)とか、劇団イェルサレムとか、演劇からもエネルギーを受け取りました。夢の遊眠社がそこからブレークしていって、紀伊國屋ホールに向かう時期でした。あのときはずっと芝居を観ていましたね。当時は芝居が元気な時期で、それまでと違って小劇場ブームが起こり始めて、問いかけの仕方が一気にこれまでとは違う形になった。それをすごく覚えてますね。 菅社会学者で東大の副学長になった吉見俊哉は、演劇青年だったんですよ。あの人は野田のところじゃなくて綺畸。東女(東京女子大学)と合同のサークルの……。 泉如月小春さんですね。 菅如月さんがちょっと年上で、吉見は如月さんの影響を受けたそうです。 泉夢の遊眠社も今の話も全部、駒場寮食堂の横の小劇場でやっていた。食堂の横の小汚い小屋が、ブレークしていく原点になった。 菅本当に汚かった。演劇のサークルはだいたい昔から汚ねえんだけど。 泉当時の田舎者の私にとっては、菅さんとの出会いなどによって社会に開かれていく部分と、劇場の勢いと熱から感じた変えるエネルギーと、いずれも大学時代の大事な体験でした。 菅妙なことを言いますが、如月さんがもし生きていて、もし政治家に転身したら、かなりやれたかもしれない。 泉芝居を仕切れる方は政治家に向いてますわ。あれだけごっちゃの世界で0から1を作れるし、その資質は、優秀な政治家になりますよ。