ライムグリーンの目玉おやじのレンズをもつ野島埼灯台は全国でも数少ない「のぼれる灯台」
透きとおったライムグリーンの目玉おやじ
一段ごとに狭く細くなってゆく梯子を、踏みはずさないようにつかまりながら慎重にのぼりきったとたん、巨大さに思わず「うわあ」と声が出た。 透きとおったライムグリーンの目玉おやじ……! 背丈より大きな〈目玉〉が海を見つめるその表面を、それぞれ数センチもの厚さを持つ細長いレンズが、何枚も何枚も折り重なるようにして覆っている。どことなくサーキュレーターのカバーみたいだ。 夥(おびただ)しい数のレンズたちには窓辺のブラインドよろしく角度がついていて、そのため表面全体はまるで洗濯板のようなギザギザ状にみえる。フランス人の物理学者フレネルが考案したこの構造のおかげで、おそろしく分厚い一枚ものの凸レンズをここまで運び上げなくても、同じだけの明るさ増幅効果が得られるのだ。 これだけ大きなレンズの集合体に囲まれているくらいだから、内部の光源もさぞかし立派なことだろう。古庄さんが小ぶりの扉を開け、さあどうぞ、とレンズの内部を見せて下さる。 台の上に、まるで御本尊よろしく鎮座ましましている電球を見て、 「え、ちっちゃ!」 今度は声が裏返ってしまった。 「こんなに小さくていいんですか?」 直径わずか三センチ程度の円筒形で、高さも二十センチくらい。家庭でも普通に使える二百ボルトの電球だ。にわかには信じられない。何といっても「灯台」の光源である以上、もっとこう、動力エンジンなどでごんごん発電しているところを想像していたというのに、大丈夫なのだろうかこれで。 大丈夫、なのだった。フレネル式レンズは、光源の明るさを三百倍にも増幅して海の彼方へ届けることができるのだ。野島埼灯台の光達距離は十七海里、およそ三一・五キロメートル。レンズは鋼鉄の台座ごと回転し、十五秒に一回ずつ閃光を放つ。沖ゆく船はそのおかげで、あれは野島埼灯台の光だと認識することができるわけだ。
アナログながら、システマティックな仕組み
ガラスに囲まれ、外からの陽射しを受ける内部の温度は相当なもので、じっとしていても背中に汗が噴きだす。しっかりと分厚い窓の、海へ向かって右端の数枚が赤く色づけされているのに気づき、何か理由があるのか訊いてみた。 と、古庄さんがヒントをくれる。 「端っこのほう、ということは陸の側に近いわけですよね」 「あっ。もしかして、岩場ですか?」 「正解!」 つまり、赤く染まった光が届く範囲は、岩礁が多いから気をつけよ、というサインなのだ。 すごい。アナログながら、なんてシステマティックに考え尽くされているんだろう。 もともと私はデジタルが好きではなくて、本は紙で読みたいし、音楽はできればレコードで聴きたい質だ。 だからよけいに、灯台に心惹かれるのかもしれない。百数十年も前から同じ原理で働き続けてきた、海の道しるべ。 近年はGPSが発達し、おかげで航海そのものは昔に比べてずっと安全なものになったのだろうけれど、たとえば万が一、深刻なトラブルによってGPSが使えなくなったとしたらどうだろう。そんなとき頼りになるのは結局、紙の海図とコンパスの針だ。陽が沈み、あたりが闇に包まれても案ずることはない。たとえ船内のすべての電子機器が沈黙しても、灯台がさしのべる光だけははっきりと目に見える―。 それこそ御本尊を拝むような気持ちで光源に御礼を言ってから、ソロリソロリと梯子を下り、ようやく展望台に出た。吹きさらしの高低差に腰が引けて、股間がワギワギする。真下は見ないようにしながら彼方へ目を投げる。 青々とおおどかに広がる太平洋。空と海の境界は湾曲していて、地球が丸いことを実感できる。あの水平線の向こうはサンフランシスコか、はたまたハワイだろうか。 一生を海風に包まれて暮らしてゆくのだと、疑いもなく信じていた日々があった。けれどこの土地を遠く離れた今、なおさら強く憧れる。南房総の海はなんて豊かで美しいのだろう、と。 今も昔も、この海域を旅する船にとって、陸に点る蝋燭(ろうそく)のような灯台がどれほどの支えとなっていることか。思いを馳せながら、ゆっくりと地上に降りた。 野島埼灯台(千葉県南房総市) 野島埼灯台(千葉県南房総市) 所在地 千葉県南房総市白浜町白浜630 アクセス 富津館山道路 富浦ICから約30分 灯台の高さ 29 灯りの高さ※ 36 初点灯 明治2年 ※灯りの高さとは、平均海面から灯りまでの高さ。 海と灯台プロジェクト 「灯台」を中心に地域の海の記憶を掘り起こし、地域と地域、日本と世界をつなぎ、これまでにはない異分野・異業種との連携も含めて、新しい海洋体験を創造していく事業で、「日本財団 海と日本プロジェクト」の一環として実施しています。 ◎灯台を基に海洋文化を次世代へ 日本財団「海と灯台プロジェクト」では、灯台の存在価値を高め、灯台を起点とする海洋文化を次世代に継承していくための取り組みとして、「新たな灯台利活用モデル事業」を公募。この度、2024年度の採択15事業が決定しました。灯台×星空の鑑賞ツアー、灯台を通じた地域学習プログラム、灯台の下で開催する音楽フェスティバルなど、バラエティに富んだ内容となっています。詳しくは公式ホームページをご参照ください。
村山由佳