〝2040年の音楽〟を今聴けたなら 「好き嫌いが分かれる」理由 音楽と脳を研究する「予測外れの人生」
人はなぜ、音楽を好きになるのか? 「音楽と脳」の関係を研究する大黒達也(だいこく・たつや)さんは、脳が新しい音楽を聴いた時に生じる認知の「揺らぎ」が影響していると言い、このメカニズムを使って未来の音楽の予想に取り組んでいる。作曲家を志しながら、なぜかリハビリや医学の勉強に転向、今は脳神経科学研究者という異色の経歴を持つ大黒さんに、根掘り葉掘り聞いた。(朝日新聞デジタル企画報道部記者・吉田貴文) 【画像】脳波を測定する防音の部屋、大黒さんの研究室の様子 【プロフィール】大黒達也(だいこく・たつや) 東京大学大学院情報理工学系研究科次世代知能科学研究センター特任講師。1986年、青森県八戸市生まれ。2016年、東京大学大学院医学系研究科内科学専攻医学博士課程を修了。オックスフォード大学医科学部実験心理学部、マックスプランク研究所神経心理学部、ケンブリッジ大学教育神経科学研究所の研究員を経て、2020年4月から現職。著書に『芸術的創造は脳のどこから生まれるか?』『音楽する脳 天才たちの創造性と超絶技巧の科学』など。
「音楽と脳」の研究者
――なぜ、「音楽と脳」の関係を研究することに? 幼い頃、家にピアノがあり、姉の弾くピアノを見聞きしたり、音楽を耳コピで真似たりしていました。そのとき感じた、「音が心地よく聞こえる謎」を知りたいという思いが発端でしょう。 ――ご自身も音楽の勉強を? 自分で曲を作りたくなり、音楽の基礎的な理論や和音を学びました。ピアノも始め、発表会では自作の曲を弾かせてもらいました。音大に行った姉と同じコースを目指そうと、高校になると週末に青森県から夜行バスで上京して勉強したのですが、いよいよ受検という段階になり、急に受けたくなくなって……。 ――そこまでやって、どうして? クラシックはわりとみっちりやったので、別のことを知りたくなった。それで、小曽根真さんなど著名なジャズピアニストが教鞭をとっていたりもした国立音大を受けて合格したのですが、なんだか自分の目指すものとは違う気がして辞退しました。 ――受験は目の前ですよね。どうしたんですか。 都会は憧れだったし、大学にも行きたかった。受験できる医療系の大学を探しました。 ――医療? もともと楽器を弾く人間の体に興味があった。スポーツもたくさんしていましたしね。探すうちに柔道整復に目が止まった。骨折などを治す日本の伝統的医療です。空手をしていた頃にお世話になっていたことがあり、面白そうだと思って当時は日本で唯一、都内で柔道整復を学べた帝京平成大学を受けて合格しました。 大学では4年間、体のことを勉強し、22歳で国家試験に通って柔道整復師の資格を得ました。一方で、ピアノを教えたり、デパートやラウンジでピアノを弾いたり、音楽の仕事をしたりもたくさんやっていました。 ――柔道整復と音楽の二足のわらじ。進路に迷われたのでは? 卒業後は整形外科の領域に進みました。病院や診療所でリハビリ職で働きながら、趣味で作曲していましたが、次第に「音楽と脳」を研究したいという気持ちが強まってきました。 ――まさに“第三の道”! でも、研究のことは何も知らない。大学院で「イロハ」を学ぼうと、昭和大学の精神科の先生のもとで大学院の修士課程に入りました。平日は仕事、土日は大学院で勉強。そこで自分は音楽を「研究」することに向いていることに気づきました。 作曲は好きですが、仕事にすると、売れる曲や評価される曲を作らなければいけない縛りがでてくる。研究だと、自分がやりたい形で音楽を追求できる。リハビリ職を3年で辞め、音楽研究を深めるべく博士課程に進むことにしました。テーマは「音楽と脳」です。 ――音楽、体、今度は脳に関心を。 はい。音が心地よく聞こえる理由を研究するには、脳が音楽をどう認知しているかを知る必要があると考えたからです。音の認知研究、聴覚認知の研究にMEG(脳磁図)という検査が有効だと分かり、MEGで聴覚の研究をする東大の先生の研究室に入ろうと医学系研究科の大学院試験を受け、無事研究をスタートしました。