〝2040年の音楽〟を今聴けたなら 「好き嫌いが分かれる」理由 音楽と脳を研究する「予測外れの人生」
音楽の「好き嫌い」の理由
――ついに、自分の道を見つけたわけですね。 博士課程では、人間が音をどういうふうに認知してるか、音楽だけではなく音声言語も含めて研究しました。着目したのは脳の「統計学習」という機能です。統計学習でどこまで音楽の認知を説明できるか追求してみようと。 ――統計学習? 統計学習は、行動や意思決定、言語の獲得など知識や知性の発達に関わる脳の重要な機能です。具体的には、身の回りの現象や事柄の「確率」を自動的に計算し、整理する脳の働きのことを言います。この機能が音楽的感性や創造性とも深く関わっているといわれています。 ――「確率」を計算して整理することと、音楽にはどのような関係があるのですか。 次に何がどんな確率で起こるか予想できます。音楽のケースで言うと、音楽を聴いて音のデータを蓄積した脳は、音の統計的確率を計算するようになる。つまり、ある音の動きがあれば、次にこの音が来る確率が高いと予測する。この機能のおかげで、人は音楽を理解できるようになるのです。 音に関する情報が増えると、曲の評価も変わります。乳幼児は脳が未発達なので童謡など単調な曲を好みますが、年齢が上がるにつれて脳が発達し、複雑な音楽を求めるようになる。 ――人が音楽を学習する過程はわかりました。しかし、好みが変化するのはなぜですか? 脳は飽きっぽく、常に新しいものに興味を持つ臓器です。でも、新しい情報に触れると「不安」にもなる。そこで学習して既知情報としてインプットする。すると再び飽きが生じ、新しいものに興味を持つ。その繰り返しです。 音楽も同じ。好きな曲でも慣れすぎると飽きて、聴いたことがない音楽に興味を持つ。未知の音楽に触れたとき、脳には統計学習に基づく予測に誤差、「揺らぎ」が生じます。この「揺らぎ」が好みに関係していると私は考えています。 ――どういうことですか。 初めて聴く音楽なのに、なぜか懐かしいという経験をされたことがある人は多いと思います。これは、統計学習による予測が程よく当たった、「揺らぎ」が適度な状態です。この場合、その音楽を好ましく感じやすい。これに対し、予測が外れているか、予測ができない場合、その音楽はわからない、もっと言えば不快に感じる。これは要するに「揺らぎ」が大きすぎる状態です。 要は、「揺らぎ」の大きさで、好き嫌いが分かれるようなのです。しかし、その境界がどこにあるかまだ、はっきりしない。個人的には、体の反応がカギを握っている気がしています。一定の「揺らぎ」が生じた時に生じるある種の身体感覚があるようなのです。ただ、まだ証明されておらず、今後の研究課題です。 ――個人の好みの変化もさることながら、時代によって好まれる音楽も変わっています。 その通りです。クラシックで言えば、バロック、古典派、ロマン派というように。日本のポピュラー音楽も、1980年代の曲と比べて今、人気がある曲は明らかに複雑になっています。