「中宮の部屋から響き渡る女性の叫び声」。紫式部たちが夜中に目撃した“まさかの光景”
そこに、天皇から中宮へのお見舞いの使者がやってきました。死人は出ていませんが、紫式部たちにとっては、本当に恐ろしい大晦日の夜だったことでしょう。 中宮は、衣服を剥ぎ取られた2人の女性のために、蔵の中から装束を取り寄せてくださいました。正月用の装束は盗難被害に遭わなかったため、被害に遭った2人は翌日、何もなかったような顔で装束を身にまとい出仕しました。 ■平安時代には他にも盗賊の話がある さて『宇治拾遺物語』の中にも、平安時代の盗賊に関する話が収録されているので、ご紹介したいと思います。
昔、袴垂という盗賊の首領がいました。ある年の10月、袴垂は衣服が入用になり、人から衣服を盗もうと、あちらこちらを物色していました。それは夜中になってからも続きます。 もう人が寝静まったとき、着物を着た人が、笛を吹きながら1人、袴垂のほうにやってきました。 (この人こそ、わしに着物をくれようとして、現れた人だ)。袴垂は勝手な解釈をして、その男に近づき、衣服を剥ぎ取ろうとしますが、何となくその男に恐怖を感じて、まずは後ろからついて歩くだけにとどめました。
しかし、その男はそのようなことは露知らずといった様子で、ひたすら、堂々と歩きます。 笛を吹きながら悠然と歩くその男の迫力に押される袴垂。しかし、(このままではいられようか)と意を決して、袴垂は刀を抜いて、男に襲いかかろうとしました。 すると男は笛を吹くのをやめて「何者か」とついに口を開きます。袴垂はなぜかそれだけで、呆然となってしまい、何もできません。 「いかなる者ぞ」と男はまた質問します。「追い剥ぎです」。そう袴垂は答えますが、男はさらに「何者か」と問い続けます。
「袴垂」と言うと、男は「そういう者がいると聞いたことはある。物騒な奴だ。ついて参れ」と声をかけました。そうしてまた、先ほどのように笛を吹き始めます。 そうこうするうちに、男の家に着きました。 ■辿り着いたのはまさかの人物の家 何とそこは、摂津前司・藤原保昌の家だったのです。保昌は袴垂を家に入れると、綿の厚い衣服を与えます。 そして「これから着物が必要なときは私に言え。他人の器量もわからず襲いかかろうとして、失敗するでない」と言うのです。その言葉を聞いて、袴垂は不気味で恐ろしく感じたとのこと。
「とても立派な人でした」。後に、袴垂は捕えられてから、そう語ったとのことです。 (主要参考・引用文献一覧) ・清水好子『紫式部』(岩波書店、1973) ・今井源衛『紫式部』(吉川弘文館、1985) ・朧谷寿『藤原道長』(ミネルヴァ書房、2007) ・紫式部著、山本淳子翻訳『紫式部日記』(角川学芸出版、2010) ・倉本一宏『紫式部と藤原道長』(講談社、2023)
濱田 浩一郎 :歴史学者、作家、評論家