トム・ヨーク、ソロの現在地。来日ツアーが控えるいま、Radiohead以外の音楽的探求を振り返る
映画音楽への挑戦での深化
ソロとしてのトム・ヨークのキャリアを語るうえで、2006年にリリースされた初のソロアルバム『The Eraser』は欠かせない。当時Radioheadとは異なる音楽表現を探求するなかで、沸々と湧き上がる個人的な表現欲求の発露として生まれたものだろうと、私は考える。 音楽性の変化を理解するうえで、重要な位置づけを持っているといえるはずだ。『The Eraser』では生のバンド音ではなく、エレクトロニックシンセを駆使し、自身だけで完結できる音楽制作の可能性が追求されていた。 一方で、その後『The Eraser』は、Red Hot Chilli Pappersのベーシストであるフリーらとつくり上げたバンド、Atoms For Peaceのライブでは身体的な表現をリアレンジして披露するなどした。『The Eraser』は、Radioheadとは異なる音像を追い求めソロとして制作したこと、加えてライブの場に落とし込むうえで別のバンドが結成されたこと、その2重の意味合いを持つ作品となった。のちにAtoms For Peaceとしてリリースされたアルバム『AMOK』はこのライヴでの表現を求めた先に結実したものだと言えよう。 2014年の2ndアルバム『Tomorrow's Modern Boxes』は、BitTorrentを利用した独自の配信方法でも話題を呼び、業界に一石を投じようとする姿勢と革新性が際立った。サウンド面ではラフスケッチのようなニュアンスのIDM的なトラックが多く、佳作としての評価が大方だ。しかしあらためて聴いてみると、“The mother Lode”など、複雑なリズムへのアプローチが際立っており、いまでも新鮮な発見がある。 トム・ヨークのキャリアにおいて一つの大きな転機となったのが、映画音楽への進出だ。彼は2018年にリメイク公開されたホラー映画『サスぺリア』(ルカ・グァダニーノ監督)のために初めての映画音楽を手掛ける。このプロジェクトは彼にとって新たな音楽表現の可能性を模索する場となり、結果的に彼のソロ作品における音楽性に大きな影響を与えることとなった。 これは従来のアルバム制作とは異なり、視覚的なコンテキストに音楽を合わせるという新しい挑戦だった。『サスペリア』のために実験的でアンビエントな楽曲を制作した経験が、音楽における「空間」の概念や、リスナーの感情を引き出すための音響的手法の探求を触発したことは想像に難くない。映画音楽の制作を経て、彼は音の配置やリズムの選択、サウンドスケープの構築においてより繊細かつ緻密な手法を採用するようになったのだ。この音楽表現の深化は、その後の作品において、明確に現れる。