田家秀樹が語る、吉田拓郎が今伝えたい選曲を収録したセレクション・アルバム
間は後悔する生き物である。かと言って、今更後悔なんてしても遅い
せんこう花火 / 吉田拓郎 Disc1の2曲目「せんこう花火」。CBSソニーに移籍して出した最初のアルバム、1972年の『元気です』の中の曲なんですね。『元気です』は拓郎さんのアルバムで一番売れたアルバムで、「春だったね」とか「旅の宿」とか「夏休み」とか今でも口ずさまれるスタンダードが入っているんですけども、その中からこの曲を選んでいる。何が書かれているかと言うと、当時のディレクターの仁さん。有名な方でしたけども、仁さんとギタリストの石川鷹彦さんの曲が中心ですね。このディレクターは鹿児島の小学校の同級生だった、運命の出会いだった。彼はフォークをそんなに知らなかったので、いろいろな音楽の話を教えてあげて、俺は広島でリズムアンドブルースをやっていたんだという話をした。当時の石川鷹彦さんのようなギターを弾きたいと思ったんだ、そういう中にその頃のラジオのリスナーについても書いていますね。その頃のラジオのリスナーにも夢や才能が眠っていたのではないかということも書かれております。 「どうしてこんなに悲しいんだろう」で加藤和彦さんのことを書いて、この「せんこう花火」で石川鷹彦さん、そして当時のディレクターのことを書いている。なんでこういう曲で始めているかってことが伝わってくるようなライナーノーツですね。自分の音楽はこういう始まりだったんだよということがいろいろなエピソードの中に綴られております。あまり語られてこなかったこととか、言っておきたい曲が曲の背景として書かれている。そんな2枚組でもあります。 君が好き / 吉田拓郎 Disc1の3曲目「君が好き」。1973年のライブ・アルバム『LIVE’73』に収録されていた曲ですね。中野サンプラザで2日間行われたライブです。普通そういうライブ・アルバムを作るときには既に知られている代表曲をライブで演奏する選曲がほとんどですけども、このときは新曲をやったんですね。新曲のお披露目ライブをアルバムにしたという、ライブ・アルバムの歴史の中でも前例がないのではないかと思われるアルバムですね。しかもその頃拓郎さんはフォークの貴公子と言われておりましたけども、この『LIVE’73』はホーンセクションとか、ストリングスが入ったファンキーなアルバムだったんですね。ここでのライナーノーツにはなぜそういう形にしたかというようなことが書かれていますね。全体の総合アレンジャーで瀬尾一三さんを起用した経緯とか、メンバーがギターの高中正義さん、ベースの岡澤章さん、ドラムの田中清司さん、キーボードの松任谷正隆さん。そういう人たちについて当時どう思ったのか。 みんな若かったですからね。19歳から24歳。「どうしてこんなに悲しいんだろう」のところにはドラムの林立夫さんとかキーボードの松任谷正隆さんとか、ベースの小原礼さん、そういう人たちが参加したことについて当時どう思ったかというようなことも書かれております。こんなことが書かれていますって簡単に言ってしまうと、数行で終わっているんじゃないかみたいに思われる方もいらっしゃるでしょうが、長いんですよ。 「どうしてこんなに悲しいんだろう」と「せんこう花火」は見開きですからね。31行、30文字で58行かな。だから、1曲について1500字から1800字くらい書いているという、これはもうライナーノーツっていうよりもエッセイ集というライナーノーツですね。 ペニーレインでバーボン / 吉田拓郎 Disc1の4曲目「ペニーレインでバーボン」。1974年のアルバム『今はまだ人生を語らず』に入っておりました。このアルバムはCBSソニーからの最後のアルバムで、森進一さんが歌った「襟裳岬」のセルフカバーとか、ライブの定番曲「人生を語らず」が入っているんですけども、彼が選んでいたのがこれですね。この曲は歌詞の中に不適切なところがあるということで、当時回収騒ぎまでありまして、幻の曲になっていたんですね。今はこうやってラジオでも流せるんですけども、この中で書かれているのは「青春」についてです。「襟裳岬」のこととか、この曲のことも触れていなくて「青春」について。誇らしげに語ることのできない「青春の記憶」について。人間は後悔する生き物である。かと言って、今更後悔なんてしても遅いというようなことが書かれていますね。 1973年、1974年というのは拓郎さん、本当にいろいろなことがありましたからね。「結婚しよう」で売れて、若者の旗手になって祀り上げられるのと同時にテレビに出ないとか、芸能週刊誌からの取材は受けないとか、そういう姿勢がバッシングされた。メディアから総攻撃された。そしてフォークコンサートで帰れ帰れと石を投げられたりとか、いろいろなことがあったわけですが、そういう具体的なことは触れないでその頃の「青春」について書いております。 こんなことが書かれていますと話をしていくと、ネタバレじゃないかということでご立腹されている方もいらっしゃるかなと思ったりもしているんです。でも、拓郎さんがライナーを書きましたということで終わるのか。それとも、こんなことが書かれていますということをちょっとでも匂わせてだったら聴いてみよう、だったら読んでみようという方とどっちが多いかと考えて、やっぱり拓郎さんがライナーを書いていますということで終わらない方がアルバムもちゃんと消化できるのではないかということで、かなり立ち入って話をしております。でも、全曲はやりません。こういう話をしますということは、レコード会社の了解はいただいております。