母の恨みの遺言 「長男に遺産はびた一文、渡したくない」
芳恵さんは正男さんに遺産を渡したくないと考えていたようですが、正男さんには遺留分の権利があるので、実際にはそれは難しいのです。 結果、正男さんは全額権利者の次男・浩一さんに対して長男遺留分の請求をし、全財産約1億5000万円のうち、4分の1相当の3750万円(法定相続分の半分)を浩一さんから受け取るという形で決着がつきました。 正男さんは激怒して浩一さんと仲たがいしてしまいますが、芳恵さんはそれを望んでいたのでしょうか。最初から正男さんの取り分を4分の1にするという遺言書を残しておけば、正男さんが受け取る額をゼロにすることはできなくても、法定相続分の半分にすることができたわけです(それでももめると思いますが、正男さんは何もできません)。 なお、特定の相手に財産を渡さない方法も、あることはあります。相続人が被相続人に対して虐待や重大な侮辱、またはその他の著しい非行があったときは、遺言によってその相続人を廃除することができるのです。 「ただし、その事実を証明するための証拠を残しておく必要があることや、廃除した相続人に子がいた場合、その子が代襲相続してしまうなど、ハードルは高いものがある」(イントリム司法書士事務所の司法書士、市川俊介氏)と、実際にやるには骨が折れます。 実は遺言書を作成した司法書士も、芳恵さんに遺留分の件については伝えていました。正男さんが請求すれば遺産の4分の1を渡す必要があることも。それでも、芳恵さんは積年の恨みを形にするために、自分の気持ちを貫いたのでした。 ●かつては仲の良い家族であっても… このケースを見て私が最も強く思ったのは、自分の母親にそのような気持ちを抱えさせたまま送り出したくないな、ということでした。多額の財産を残して死ぬということも、どうなのかなあと思ったりもします。 私は両親には、財産は1円も残さずに、楽しいことをたくさんして逝ってほしいと話しています(でも、年を取るとお金もほとんど使わなくなるんですよね……)。 子供の頃は仲の良い兄弟であっても、結婚すればそれぞれ家族ができ、他人の考えや価値観(配偶者やその家族など)も合わさって、「なんで?」と思うくらい仲たがいすることがあります。 葬儀屋さんの話では、葬儀の打ち合わせが終わった瞬間に、残された兄弟がもめ出すことがよくあるそうです。「うちの家族は大丈夫だ」といっても、相続になるとそうはいかないことが多いのです。 また、家庭裁判所に持ち込まれる相続案件の半分以上の案件は、財産5000万円以下のもののようで、金額の大小にかかわらず、もめ事を起こします。そしてもめ出すと1年、2年と、長々ともめます。 今回のケースはやはり、兄弟の争いを避け、初めから遺産の4分の1を渡すことで妥協した方がよかったように思います。長男と嫁への恨みつらみは、付言事項として書いていますので。 相続についてネットで調べれば、遺留分の権利についてはすぐに探せて理解できるでしょう。とても基本的なことかもしれませんが、それでも相続問題は理屈ではない、気持ちの面が強く影響することを覚えておいてほしいと思います。
山村 幸広