みんなで橋幸夫の名曲を聴きながら 沼津の地で独自の生態系を保つ あんかけスパゲティを食べよう
橋幸夫の引退をめぐるドタバタ劇
……が、驚くべきことに、橋幸夫は、引退から1年も経たぬ24年4月に、歌手への復帰を電撃的にアナウンスしたのだ。ファンの涙だってまだ乾いていやしないタイミングだ。 腰を抜かしたけれど、まあ、それはいい。歌謡界のレジェンド中のレジェンドによる決断に、外野も外野でしかない俺が容喙する資格は微塵もないであろう。 だが、橋幸夫の引退を受け、派手に売り出されたあの3人は、一体どこに身の置き所を見つければいいというのか。そう、「二代目橋幸夫hY2」なるトリオである。 現在、橋幸夫が所属するあの(! )夢グループは、二代目橋幸夫を発掘するオーディションを大々的に敢行、その結果、4名の二代目橋幸夫が選出された。 俺が何言ってるのか理解しかねる読者も多かろうが、悪いけれど肝心の俺も事態を理解しきれていない。どうやら、二代目橋幸夫とは、特定の個人を指す固有名詞ではなく、4名の人物から構成される抽象概念へと進化を遂げたらしいのである。 まさに「橋を継ぐもの」! 観念的なハードSFとして、この顚末をジェイムズ・P・ホーガンに小説化していただきたいところだ。 4名が団体として襲名することとなった二代目橋幸夫だが、感激のあまりオーディションの結果発表の場で大号泣までしていた最年少メンバーが、デビュー前に学業優先を理由としてあっさり脱退してしまったことにはちょっとびっくりした。あの涙は何だったのか。そういうわけで、二代目は3人となった。 合格を発表する記者会見の場では、4人それぞれが、例えば「橋幸雄」「橋幸生」など、元祖の「夫」の部分だけを別の漢字に変え、グループとしては「橋幸夫ズ」を名乗る構想が語られていたのだが、まあ、意味不明だったからか、有耶無耶になった。 筆者の知人は、構成員の一人一人が「新橋幸夫」「浅草橋幸夫」「参宮橋幸夫」などと、実在の橋にちなんだ芸名を名乗ればいいのにと言っていた。名案だと思う(その場合、新橋幸夫はフランスにおいて「ポンヌフ幸夫」と呼ばれるだろう)。 結局、2024年の日本において、橋幸夫は初代と二代目が共存している(しかも合わせて4人)。いや、考えてみれば、いったん跡目を譲ったのだから、元祖橋幸夫は、今後、三代目を名乗るのが筋ではないのか。三代目Bridge Happy Husbandとして、夢グループからLDHに移籍してもいいだろう。夢を後にし、愛・夢・幸せへ! いつでも夢を! 股旅は放浪者、ゆえに大雑把に英訳すればEXILE。つまり、とうの昔から、橋幸夫 from EXILE TRIBE! いっそのこと、これを機に、今後の橋幸夫は、囲碁将棋の世界を見習い、特定の人物がその称号に安住するのではなく、実力制に移行すべきではないか。そして、連続5期あるいは通算10期、実力制橋幸夫を務めた者には、永世橋幸夫の称号が与えられるのだ。 次代の橋幸夫の座をめぐる争いは、もちろん歌唱力で決着をつけてもよいが、このご時世、それだけではエンタテインメントとしての魅力に欠けるかもしれない。SASUKEとか、ホットドッグの早食いとか、「プレバト!!」よろしく俳句の巧拙だとか、バラエティに富んだ種目を加えて橋幸夫を決めるのもいいだろう。きっと、橋幸夫界の活性化につながるはず。 今、ふと思い出したが、筆者は大学生の頃、アニエスベーのスナップカーディガンとボーダーT、そしてベレー帽を愛用する渋谷系リスナーの友人に「ブリッジのライブがあるから観に行かないか」と声をかけたことがある。会場の浅草公会堂に着いた瞬間、それが橋幸夫のリサイタルであることを悟った彼は踵を返してスッと立ち去り、それ以来音信不通である。風の噂では、スウェーデンで暮らしているらしい。 まあ、梨園では、七代目尾上菊五郎と八代目尾上菊五郎も並び立つことだし、今後は複数代が仲良く活躍することが普通になるのかもしれない……という結論にもならないゆるい結論で記事を締めてみる。 ということで、イタリアを特集したCREA Traveller 2024 Vol.3をお買い求めください! そして、今年の初代=Vol.1はパリ特集、二代目=Vol.2はオーストラリア特集。橋幸夫さん同様、雑誌市場では併存しております。まだまだ入手可能なので購入をご検討いただければ幸甚に存じます! なお、最後に書き添えておくと、今回の記事の見出し〈みんなで橋幸夫の名曲を聴きながら 沼津の地で独自の生態系を保つ あんかけスパゲティを食べよう〉は、71年にリリースされた『伊丹十三です。みんなでカンツォーネを聴きながらスパゲッティを食べよう。』というアルバムにオマージュを捧げたものである。 ヤング(やんぐ) 元CREA WEB編集長、現CREA Travellerスーパーバイザー。大学の卒業論文は、「家族風呂の研究」。
ヤング