みんなで橋幸夫の名曲を聴きながら 沼津の地で独自の生態系を保つ あんかけスパゲティを食べよう
●CREA Traveller編集部だより Vol.003Bridges|ミルトン・ナシメント
ここでしか味わえないパスタを堪能 こんにちは。新加勢大周こと、CREA Traveller編集部スーパーバイザーのヤングと申します。 【写真】この記事の写真を見る(21枚) CREA Travellerの最新号「イタリア 理想の休日」の制作過程において現地取材に派遣されることのなかった筆者は、せめてもの代償行動として、イタリアにちなんだ看板を掲げた都内の店舗を歴訪、〈「イタリア」を「伊太利亜」と漢字で表記したくなる欲望からなぜ私たちは逃れられないのか〉という記事をものした。「伊太利亜」なり「伊太利」なりを名乗る店は、本当に多いのだ。 そのリサーチの延長線上で、「伊太楼」なるスパゲティ専門店の存在を知った俺は、いてもたってもいられず、東海道新幹線に飛び乗った。なぜなら、この店は、静岡県の沼津にあるのだから。 ネットを駆使してもろもろ調査を続けると、南インド料理店「エリックサウス」の総料理長、稲田俊輔氏の発言にたどり着いた。氏は、数々の著書で知られる食文化研究家でもある。氏によれば、何でも、「伊太楼」をはじめとする沼津の数店には、名古屋発祥のあんかけスパの原初形態が残っているらしい。 実は、名古屋においては、ある時期、ドラスティックな革命が起こり、あんかけスパは当初の姿からすっかり別物に変容。オリジナルのレシピをそのまま継承する店は、消え失せてしまったのだという。だが、距離のある沼津まではその影響が及ばなかった。稲田氏は、沼津のあんかけスパを、オーストラリア大陸でのみ生き残った有袋類に譬えている。 スパイシー方面に進化した名古屋のあんかけスパに対し、「伊太楼」のそれは、あんかけのあんかけたる所以である甘辛さを保っている。茹で置き麺の食感も、アルデンテ至上主義に無言の異議を唱えているようでちょっと痛快である。まさに、和製洋食の粋。 イタリアに対する日本、名古屋に対する沼津、その二重のガラパゴス的価値転倒が、この店の存在意義をことのほか高めざるを得ない。