“福祉施設”なのに業界最高水準の焙煎機を扱う「ロースタリーカフェ」。上野駅構内にも進出、焙煎士のプロを目指す
壁のない福祉施設
坂野がコーヒーを選んだのも、当事者の声がきっかけだった。 「やりたい仕事がない」と話すものの、今度は「どんな仕事がしたい?」と聞いてみる。だが、具体的な職種やイメージを連想する言葉が出てこないことが多い。 ただ、複数人からあがった声をまとめると「人と接する仕事がしたい」「専門性をもった仕事をしたい」という2つに集約された。 これらを拾い上げ、当初は「カフェ」を提案した坂野だが、思いもよらず当事者からは「よくある福祉カフェは、自分の思い描くイメージと違う」と返ってきた。 「でも、みんな『コーヒーは好き』だと言うんです。ならばガチでやろうと。 本気で働けばプロのバリスタや焙煎士になれるような、本物のロースタリーカフェを提供する場所を作ろうと決めました」 前例がない計画だったが、そうと決めてからは一心不乱に動き始めた。千代田区からの応援もあり、準備開始から6カ月後の3月に「ソーシャルグッドロースターズ」の開業が決まり、 7月オープンのスケジュールに合わせて動き始めた。 一方で、今度は出店場所選びに難航した。 2018年当時でも、坂野は「今よりももっと障がい者への偏見が強かった時代」だと振り返るが、その言葉の通り、契約直前まで漕ぎ着けても「障がい者が大勢出入りすることで、何かあったら責任がとれない」という漠然とした理由で断られることが続いた。 そんな中、やっとの思いで決まったのが、小川町のこの場所だった。 だが、新たな挑戦への壁はこれだけでは終わらない。続いてぶつかったのは、内装だ。 当初デザイナーから提案されたのは、障がい者スタッフを「保護」する目的で、働く作業場をカフェの奥や中2階に設けるプランだった。また施設を監督する行政からも同様の理由で、作業場と一般のお客が訪れるスペースとの間に壁を作ることを指示された。 しかし、坂野は関係者と話し合った末に、なんとか壁を取り払うことを理解してもらった。 「仕事で社会に出たら人前に出たり、仕事を人に見られたりすることが当たり前にあるじゃないですか? でも、『障がい者だから』『福祉施設だから』という理由で、隠されてしまう。そこに違和感を覚えて」 そして生まれたのが、従来の福祉施設ではほとんど見られないという、作業スペースと飲食スペースに隔たりのない、オープンな空間だった。 コーヒーを飲みにやってくるお客さんは、ここを福祉施設であると思わずに訪れ、スタッフが、焙煎機を用いて焙煎をしたり、バリスタとしてコーヒーを淹れ、お客様に提供することに姿に自然に接することができる。 また、「人を中心にコーヒーを考える」というポリシーの通り、照明は作業をするスタッフをピンポイントで照らす、スポットライトのような役割を果たしている。 これまでの福祉施設との違いから不安を感じていたスタッフも、 徐々にこの環境に慣れていった。知覚過敏で普段イヤホンをつけているスタッフは、ある時から「接客中は外したい」と、自主的に外すことを選んだそうだ。