「僕自身は空っぽの容れ物」――世の中の空気を歌に込め続ける桑田佳祐の今
ひとたびステージに立てば65歳とは思えないパワフルなパフォーマンスを見せる。しかし実は2010年の食道がん以降、人知れず続いてきた闘いがあった。 「手術の直後から、強烈な逆流性食道炎のような症状を頻繁に繰り返すようになってしまった。僕の場合は胃の一部と食道を切除したんですが、その時に胃の弁も取っちゃったんで、喉の近くまで引っ張り上げた胃の入り口が開きっ放しの状態。その日の体調やメンタルも含め、何かのきっかけで、胃や大腸の動きが悪くなって逆流が起きてしまう。そういう日は高熱が出たり、嘔吐したり、咳が出たりして。それが3日間くらい続くこともある。悪化させると肺炎にもなりかねないので、夜間はベッドで寝ることもあるけど、ここ数年はほとんどリクライニング・チェアで頭の位置を高くした状態で寝ています。ハンデと言うほど大袈裟なことでもないけれど、これが音楽活動を続けるうえでの最大の難敵。でも、もっとつらい状況で闘っている方々はいっぱいいるし、これも自分の実力のうちだと思って背負っていくしかないんです」
時代は流れ、年齢を重ね、ついにはコロナ禍までやってきた。不安はたくさんあるけれど、うつむいてばかりじゃいられない。 「原さん(原由子)と家で話すのはコロナのことや、社会のことを憂いてみるとかごくごく普通の話題です。たいていはネガティブになって眉間に皺も寄りがちになる。でも、先日のオリンピックで金メダルを獲られた10代のスケートボードの選手が『楽しかった!』『参加できてよかった!』というふうに、目を輝かせていたでしょ? 深刻な状況での開催でしたけど、こんな不安でうつむきがちな世の中で、明るい未来をイメージできる人たちの、純粋な前向きさに勝るものはないと脱帽でした。『われわれが挫けてしまい、若い世代に落胆した表情ばかりを見せるのはよくないね』とも話し合いました」 そう語る桑田の目もまた光を帯びていた。 「いつかアイデアは枯渇してしまうかもしれないけれど、歌は、空っぽの自分がバランスを取るためのアイデンティティーみたいなもの。これがないと生きる楽しみがなくなっちゃう。身体が許す限り、待っている人たちがいてくれる限り、歌い続けたいと思います」