川を遡上する神の使者を奉納 全国でも珍しい福岡県嘉麻市の鮭神社
鮭(さけ)をまつる全国でも珍しい神社が福岡県嘉麻市にあるという。その名も鮭神社――。調べると、一帯には「鮭を食べてはいけない、しきたりがある」「環境汚染を克服して鮭が戻ってきた」など、好奇心をくすぐられる話があるようだ。福岡市内から車で1時間強、遠賀川水系の恵みを受けて周辺に田畑が広がる神社を訪ねた。 【写真】遠賀川の流れとともに
食べてしまうと災難に…
嘉穂アルプスを一望できる鮭神社は、奈良時代の769年に創建された。一見しただけでは、鮭とのつながりはうかがえないが、拝殿を見上げて納得した。1メートルほどある木彫りの鮭や、鮭の魚拓が所狭しと掲げられている。地元だけでなく、北海道などからも奉納されるそうだ。
地域では、鮭の存在を「海から訪れる神の使者」とする言い伝えが残る。遠賀川を無事に遡上(そじょう)してきたら豊作に、途中で捕まえたり、食べたりすると災難になるとされてきた。
そうしたことから、鮭が遠賀川を上ってきても、氏子たちは決して口にしなかったという。今でも食べないとのうわさも耳にした。そんなにも信心深いのか――。氏子で、鮭神社の広報を担当する大里盛人さん(78)に尋ねた。
約70世帯ある氏子のうち2軒ほどは、家訓を守り、「鮭は絶対食わん」と公言していたそうだ。現在はどうかというと、「守っている氏子もいるかもしれませんが」としたうえで、「回転寿司店に行けばサーモンは当たり前にありますし、『これは鱒(ます)だと思った』と私もごまかしています」と照れくさそうに笑う。
きれいな遠賀川を願って
嘉麻市によると、遠賀川は鮭が遡上する南限とされ、昭和の初め頃までは、特に下流域で見られていたという。遠賀川と鮭の関係は、筑豊地方の栄枯盛衰とともに変化する。嘉麻市を含む筑豊一帯は炭鉱で栄え、掘り出された石炭を洗った水などで黒く濁った遠賀川は「ぜんざい川」といわれ、鮭の姿も見られなくなった。
炭鉱閉山からしばらくたった1978年、下流の水巻町で1匹の鮭が確認され、流域の住民は大喜びしたそうだ。鮭の遡上は川がきれいになっている証し。以降、鮭の卵を新潟県などから譲り受け、孵化(ふか)させた稚魚を放流する活動を続けてきた。