「ここは以前、殺人があった部屋でして」聞いたら知る前の気持ちには戻れない…事故物件に「住みたくない」と思ってしまうワケ
殺人犯が着ていた服は洗っても着たくない
環境に対する清潔感や嫌悪感の感覚には、かなり個人差があるといえます。自宅以外の洋式トイレでは、誰が座ったかわからない便座に自分も直に座るわけですが、まあそういわれてみればそうだけどあまり気にならないという人もいれば、それがどうしてもできないという人もいます。 洋式トイレの例は、自分が対象に物理的な接触があるばあいですが、物理的な基盤を持たなくても性質や価値が事物に伝わるとする信念を「魔術的伝染(magical contagion)」といいます。魔術的伝染は、原始宗教や儀礼に関する文化人類学の分野で最初に注目されましたが、近年では認知科学や発達心理学でも研究されるテーマになっています。 たとえば、有名な歌手がライブで着用していた服がオークションにかけられ、高値で取引されるのは魔術的伝染によるものです。このような魔術的伝染には、ポジティブな伝染とネガティブな伝染があります。有名な歌手の服のような例は、ポジティブな伝染のひとつで「セレブリティ伝染」といいます。 セレブリティ伝染では、有名な歌手の価値が服という事物に伝わっていると考えているからこそ、物理的な服としての価値以上の意味がそこに見いだされているわけです。これはまさに、プロジェクション以外のなにものでもありません。 セレブリティ伝染は、子どもにも見られます。発達心理学のポール・ブルーム先生らは、イギリスの6歳児を対象に同じおもちゃを見せて、片方はエリザベス二世がかつて所有していたもの、もう片方はそのコピーだと説明しました。すると子どもたちは、まったく同じおもちゃであるにもかかわらず、コピーよりもエリザベス二世がかつて所有していたほうを高い価値があると判断しました。 おもしろいことに、この傾向は幼い頃に毛布やぬいぐるみなどの愛着対象を持っていた子どもでより顕著に見られました。このことから、自分の内的世界を外部の対象に投射するプロジェクションの働きの強さが、魔術的伝染の傾向と関連していることがわかります。 「床に落とされた(かもしれない)クッキーは見たところ汚れてはいないけれど、汚れている(ような気がする)から食べたくない」と思うのは、ネガティブな魔術的伝染によって形成された表象がプロジェクションされた結果であるといえます。 このように、ネガティブな性質が伝わるばあいには「汚染(contamination)」という用語が使われます。ネガティブな伝染は、セレブリティ伝染のようなポジティブなものに比べて伝染力が強く、効果も長く続きます。 ネガティブな性質が伝わるばあいとしては、たとえば、殺人者が着ていたセーターは、それがもし完璧にクリーニングされていたとしても、手を通したくないという忌避がとても強いことがわかっています。 先ほどの事故物件へ感じる恐怖や嫌悪も、まさにネガティブな魔術的伝染であるといえます。事故物件の問題は、部屋がすっかりリフォームされていても、悲惨な死に関する性質や価値が部屋という事物に伝わるという信念が関係しているからです。
久保(川合) 南海子/Webオリジナル(外部転載)
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