「おふろ」いちろうさん、麦田あつこさんインタビュー 忙しい日々に、身も心も解きほぐされる絵本を
バスボールを入れて異世界へ
―― おふろの絵本はたくさんありますが、バスボールが登場するのはかなりレアですよね。 麦田 バスボールをきっかけに異世界に入り込むという展開は、いちろうさんのラフに元からあったので、それを生かしました。 いちろう 子どもの頃は、おふろってちょっと面倒だなと思っていたんです。でも大人になってから、バスボールや入浴剤を入れる楽しみを知って、おふろが好きになりました。最近は、中からおもちゃが出てくるバスボールとかもありますよね。それだけで面倒なおふろも楽しくなるよなと思って、バスボールをお話に盛り込みました。 麦田 私は子どもの頃から長風呂派だったんですよね。湯船で何回でんぐり返しできるか挑戦したり、ぎりぎりまで潜って蓋をしたりと、おふろでずっと遊んでいる子どもでした。指先がふやけるまで入っていて、よく親から心配されていましたね(笑)。 自分がそういう子どもだったので、子どもが一人でおふろに入っているときって、結構いろんなことをして遊んでるんじゃないかなと思っていて。そのうちに時空が歪んで異世界に行っちゃう、みたいな感じが、いちろうさんの絵の雰囲気とぴったりはまって、『おふろ』の物語ができあがっていきました。 ―― バスボールを入れる前には、儀式のように髪や体を洗うシーンが描かれています。おふろの椅子に正座している姿がかわいいですね。 麦田 このシーンは議論があったんですよね。子どもはこんなことしないですぐ湯船に入るんじゃないかという意見と、いやいや、身を清めてから入水したい子もいるんじゃないかという意見があって。いろいろ話すうちに、このバスボールは何かが起こる特別なものだとこの子は思っているのだから、やっぱり身を清めるんじゃないかということで、このシーンを入れることにしました。
心と体をゆるめる絵本
―― 絵を描いていて特に楽しかったのはどんなシーンですか。 いちろう 冒頭に登場するお店“ふしぎや”は描いていて楽しかったですね。僕は今、生まれ育った大分で暮らしているんですが、地元にはこんな瓦屋根の古い建物がまだ残っているんです。酒屋さんや荒物屋さんを参考に、和製LUSH(※)みたいな感じで、おふろのおもちゃやバスボール、おふろグッズを何でも扱っているお店という設定で描きました。 ※LUSH(ラッシュ)……入浴剤「バスボム」で知られる、英国生まれのナチュラルコスメブランド ―― おふろもタイル張りでレトロ感が漂います。 いちろう リフォームする前の実家のおふろや、京都で住んでいた家のおふろがこんな雰囲気だったんです。蛇口も、今風の蛇口だと顔が映らないので、この形がベストなんですよね。自分が好きだなと思うおふろの要素を全部詰め込んで描きました。 ―― イラストのお仕事で、ささやかな日常のひとこまを描くことの多いいちろうさんですが、ファンタジーの世界を描くのは大変ではなかったですか。 いちろう ファンタジーの世界を描くのも好きなので、楽しんで描きました。麦田さんから“おゆにんげん”という言葉をいただいて、ふわっとイメージが湧いてきて。最初“おゆにんげん”はもうちょっと不気味な感じだったんですけど、麦田さんも編集の佐々木さんも全然気にせず自由に描かせてくれたので、好きなように描かせてもらいました。 麦田 とにかくずっと楽しそうに、ストレスフリーで描かれていましたよね。「絵を描くのが本当に好きなんだな」ということがラフの線から伝わってくるので、こちらもうれしくなりました。素晴らしい画力をお持ちなので、原画が上がってくるのがとても楽しみでした。 いちろう 初めての絵本でこんなにずっと楽しいとは思いもよらなかったので驚きましたし、これからも絵本を作りたいなと思いましたね。 ――『おふろ』をどんな風に楽しんでもらいたいですか。 麦田 今は、子どもも大人も忙しいじゃないですか。だからこそ『おふろ』は、情報を詰め込むのではなく、心と体がゆるんでいくような絵本にできたらと思って作りました。 いちろうさんの描く優しく伸びやかな線を見ていると、脳のこわばりが、ほわーんとゆるんで、気持ちが解放されていく。お湯に入ったときの「とろん」「たぷん」とする感じや、ゼリーのお湯の上を「ぼよん ぼよん」と弾む感触を、リラックスして感じてもらえたらうれしいです。 <いちろうさんプロフィール> イラストレーター 1993年、大分県生まれ。大分県立芸術緑丘高校美術科、京都造形芸術大学(現・京都芸術大学)美術工芸学科で日本画を専攻。大学在学中に描いた作品「旨い鍋は宵のうち。」で第37回講談社モーニング漫画新人賞奨励賞受賞。イラストレーションの作品で第40回ザ・チョイス年度賞優秀賞、第4回HB WORKコンペ大賞受賞。挿絵の仕事に『たい焼き総選挙』(文・新井けいこ、あかね書房)、「群像」連載エッセイ「日日是目分量」(文・くどうれいん、講談社)などがある。 https://www.instagram.com/ichiro0510/ <麦田あつこ(むぎた・あつこ)さんプロフィール> 1978年、千葉県生まれ。日本大学芸術学部文芸学科卒業。子どもの本の編集者(沖本敦子)として「だるまさん」シリーズ(かがくいひろし)、『りんごかもしれない』(ヨシタケシンスケ)、「しごとば」シリーズ(鈴木のりたけ)、『たまごのはなし』(しおたにまみこ、以上ブロンズ新社)など、数多くの絵本を担当する。文章を手がけた作品に『ねむねむ こうさぎ』(絵・森山標子、ブロンズ新社)、『どんな おべんとう?』(絵・いわきあやこ、小学館)などがある。 (文:加治佐志津)
朝日新聞社(好書好日)