「涙の124票差」に、正反対の「風」。注目区の「隣」で起きていたこととは 知られざる選挙区で振り返る、10月の衆院選悲喜こもごも
立民の大阪府連幹部は勢力の衰えを自嘲してきた。「大阪の立民は共産党よりも弱い」。旧民主党政権下では複数の閣僚を輩出したが、このところは維新の台頭に押される一方の状態が続いていた。今回の比例復活を受けて、10区は大阪府議、地元市議、町議、衆参国会議員2人がそろった。「維新だらけ」の大阪では異例ともいえる地域となった。 ▽「竜巻のような風が吹いた」 大阪10区は元々、府内でも特にリベラル色の強い地域とされてきた。交通の便が良い割に土地代が安く、1970年以降はパナソニック(旧松下電器)や東芝の工場建設に伴い人口が急増。この地を固めた立役者が、現在は全国比例選出の参院議員を務める辻元清美氏だ。1996年の衆院選初出馬以降、この地で20年以上かけて地盤を築いてきた。辻元氏の下で活動してきたボランティア団体やNPO法人をはじめ、選挙区内には社会運動に関心のある有権者が多い。 2021年衆院選で、その辻元氏に比例復活も許さない「完封勝利」を収めたのが、日本維新の会の池下卓氏(49)。辻元氏は「竜巻のような風が吹いた」と言い残した。後継が尾辻氏だった。国会論戦で圧倒的な知名度を誇る辻元氏ですら勝てなかった池下氏を相手に、ある陣営幹部の目標は控えめだった。「今回は名前を知ってもらう選挙。勝てなくてもいい」
▽「本当の敵は辻元」 尾辻氏の陣営幹部が選挙期間中の取材に何度も繰り返していた言葉がある。「尾辻の本当の敵は辻元です」。懸念していたのは、投票用紙に「辻元」と書かれて無効票になってしまう事態だ。辻元氏を応援弁士に招けば、拡散効果は大きい。その反面、辻元氏が立候補者だと有権者に勘違いされかねない。ジレンマを抱える中、それでも辻元氏を頼った。 尾辻氏は2つの点に力を入れた。ひとつは「バトンタッチ」の強調だ。街頭演説では5分に1度繰り返した。「辻元清美さんからバトンタッチした尾辻かな子です」「辻元さんは参議院に行かれたんですよ」。街頭では2人の間に「バトンタッチ」と書かれた巨大な看板を置いた。 もう一つはSNS。選挙戦中盤に差しかかったころ、街頭演説でよく見かけたのは、10~20代の若者から「動画見ました」と声をかけられている姿だった。空手を特技とする尾辻氏は公示日以降、「今日の蹴り技」を配信。数十秒の短い動画だが、毎日10区内のさまざまな場所で蹴り技を披露するシュールな映像が若者の目に止まったようだ。尾辻氏は選挙戦をこう振り返る。「辻元さんの力を借りつつも、自分なりの戦い方を見せたかった」 自民党新人との三つどもえとみられていた選挙戦は中盤以降、池下、尾辻両氏の争いとなった。投開票日の翌朝、取材に応じた池下氏の表情は勝者のそれではなかった。「辻元さんと尾辻さんの『辻辻コンビ』。これからかなり強敵ですよ」。2025年には参院選も控えている。維新の牙城を崩すのは、自民党か、公明党か、それとも尾辻氏が加わって馬力が増した立憲民主党か。