会社に壊されない生き方(7) ── 小さな仕事「ナリワイ」組み合わせ生きる
多くの会社員にとって、会社は唯一あるいは主要な現金収入先だ。だから、過酷な労働環境でもなかなか逃れがたい。これに対し、複数の仕事で生計を立てる人がいる。東京都に住む伊藤洋志さん(37)は、生活の中から生みだした小さな仕事を「ナリワイ」と名付け、これを複数組み合わせて生計を立てている。床板の張り替え技術など、多くの技術やノウハウも習得しているという。
複数の職業を掛け持ちで暮らしを立てる
伊藤さんが、仕事を複数組み合わせる生き方を構想したのは大学院時代。「日本では、近代になるまで専業で稼げる職業があまりなく、複数の職業を掛け持ちで暮らしを立てていた人が多い、と民俗学の本などで知りました。歴史的にはそちらの方が長く、日本人の気質や生活リズムに合っていて、生活面や精神面の安定が得られるし面白いのではないか、と考えていました」と話す。当時、世間では終身雇用は崩壊したと言われており、1つの会社に長く勤められるイメージが持ちにくかった点なども複業を考える一因となった。 お金を稼いだ経験が乏しかったので、1年くらいは会社で修行しようと考え、大学院を卒業したのちの2005年春、人材サービスのベンチャー企業に入社。事業に関連する雑誌の創刊や求人広告の営業、就職サイトの立ち上げなどに貢献したが、深夜まで働く日もたびたびあるなど労働環境は厳しかった。「肌が荒れ、皮膚がボロボロになってこりゃいかんなと思いました」。 2006年2月末、仕事にある程度の区切りがついたタイミングで退職。フリーライターを経て、ナリワイづくりを本格的にはじめたのは2007年だった。伊藤さんは会社員時代をこう振り返る。「毎月給与が振り込まれるのでその面では楽ですが、本人の仕事能力よりもいいポジションにつけるかどうかの椅子取りゲームの感覚が強く、外部環境に振り回されるのが難点でした」と。
ナリワイについて、伊藤さんのウェブサイトでは、「個人で元手が少なく多少の訓練ではじめられて、やればやるほど健康になり技が身につき、仲間が増える仕事のことです。仕事なんですが、生活でもあります」と説明する。元手をかけずに自分の生活にあった仕事を作るのがテーマで、生活の中で生じた課題の解決法を考えて、それを同じ悩みを持つ人におすそ分けするくらいの感覚で提供して現金を得る。 たとえば、床板を張り替えるナリワイ。以前、伊藤さんが古い家を借りた際、床の張り替えに取り組んで技術を覚えたのがきっかけで生まれた。 ウェブサイトなどを通じて、古くなった床板を張り替えたいという人から依頼を受け付ける。いくつかあるメニューのうち、「通常ワークショッププラン」の場合、床板の張り替え技術を学びたい人を募り、ワークショップ形式で床板を張り替える。この作業には、依頼者自身も参加する。床張りの依頼者は、材料費、講師の日当と交通費、工具の輸送代などを負担し、ワークショップの参加者は参加費を払う。8月上旬には、北海道の焼尻島で床の張り替えを実施。「涼しくて、良い避暑になりました」と楽しげに振り返る。