いま押さえておくべき「ハラスメント」に関する法律とその対処方法
現在、職場におけるハラスメント防止への関心が高まっています。ハラスメントが発生した場合、各種メディアで報道され、社会的な関心事になることも少なくありません。 その結果、売り上げや取引先との関係、株価などにまで影響が及ぶ事態も十分に想定されるため、多くの企業が対策を講じています。誰もが働きやすい職場づくりという観点からも、ハラスメントを防ぐことは企業にとって重要な課題といえるでしょう。 近年整備が進むハラスメント関連法規の現状、企業が対処すべきポイント、ハラスメントが起きてしまった場合にどう動くべきなのかなどについて、労働法やハラスメントの問題に詳しい、成蹊大学 法学部 教授の原 昌登さんにうかがいました。
企業の「経営問題」として捉えるべきハラスメント
――企業が職場でのハラスメントを防止すべき理由について、あらためてお聞かせいただけますか。 ハラスメント対策については、「被害者をつくらない」「加害者をつくらない」「組織(企業)に必要」という三つの視点で考えるといいでしょう。最初の二つは、従業員の人権を守り、働きやすい環境で働いてもらうために当然のことです。発生した場合、被害者はすみやかに救済されるべきですし、加害者には自身の言動がハラスメントであることを気づかせ、改める機会を与えなければなりません。そうすることで、法的責任の回避や軽減へとつなげることができます。 ただし、それだけで終わらずに、「ハラスメントは企業にとって重要な経営問題である」と捉えることが重要です。平たくいえば、ハラスメント対策を行うことは利益につながる、ということ。ハラスメントがまん延する職場は、雰囲気が良いわけがありません。当然、パフォーマンスや生産性低下の原因となります。 また、人材流出のリスクにも直結するので、注意が必要です。2021年の1年間にハラスメントが原因で離職した人は、全国で86.5万人にのぼるというデータもあります(パーソル総合研究所「職場のハラスメントについての定量調査」)。人材不足、採用難の現在、これは大きな損失と言えるでしょう。近年は「ビジネスと人権」の観点から、取引先との関係や業績にマイナスの影響が出る可能性も考慮しなくてはなりません。企業が事業を継続していく上で、ハラスメント対策は必須の課題といえます。 ――企業では、ハラスメント対策の必要性をどの程度認識しているのでしょうか。 企業によって濃淡があり、積極的に対策を講じてきたところもあれば、ほとんど手が回ってこなかったところもあります。後者では、ハラスメントを単に社員間のトラブルとだけ考え、現場にまかせてしまっているケースも見られます。 職場で発生することが多い「パワーハラスメント」は、言葉自体ができてからまだ20年ほどです。職務上必要な指導や注意との切り分けが難しく、重要な問題だという認識がようやく広まってきた段階にあるようです。 ――職場におけるハラスメントには、どのような種類があるのでしょうか。 大きくは4種類に分けられます。(1)相手の意に反する不快な性的言動をとる「セクシュアルハラスメント(セクハラ)」、(2)妊娠・出産などに関する「マタニティハラスメント(マタハラ)」、(3)育児や介護に関する制度利用などを理由とする「育児介護ハラスメント(育介ハラ)」、(4)地位や権限を利用した「パワーハラスメント(パワハラ)」の4種類です。(3)育介ハラの中で、男性の育児休業取得などに対するハラスメントを「パタニティハラスメント(パタハラ)」と呼ぶこともあります。パタニティは「父性」という意味です。 セクハラ、マタハラは男女雇用機会均等法、育介ハラは育児・介護休業法、パワハラは労働施策総合推進法に、それぞれの定義と対応義務などが明記されています。 ここまではいずれも社内の従業員間のハラスメントでしたが、近年では社外の人が加害者や被害者になる「カスタマーハラスメント(カスハラ)」「就活ハラスメント」「フリーランスに対するハラスメント」なども、職場に関係するハラスメントとして問題視されるようになってきています。 ――「モラルハラスメント(モラハラ)」という言葉も目にするようになりましたが、これも職場でのハラスメントといえるのでしょうか。 モラハラには決まった定義がなく、使い方が難しい言葉です。海外では、ハラスメント全般を指すことが多いですね。日本では、パワハラに該当しない嫌がらせやいじめ、家庭内でのハラスメントなどをモラハラと呼ぶことがあります。ちなみに先ほどのカスハラも、モラハラと同様に、まだ法律上の定義はありません。そこが主要な四つのハラスメントとの大きな違いでもあります。