『SEVENDAYS FOOTBALLDAY』:真夏の余韻(川崎フロンターレU-18)
東京のユースサッカーの魅力、注目ポイントや国内外サッカーのトピックなどを紹介するコラム、「SEVENDAYS FOOTBALLDAY」 【動画】広瀬すずさんが日本代表ユニ姿で見事なヘディング「可愛すぎる」「さすがの動き」 試合終了を告げる笛の音が聞こえると、水色のユニフォームを纏った選手たちは、天を仰ぎ、その場に立ち尽くす。信じられない結末を、誰もが一様に受け止め切れない。あと5分、あと5分だけ守り抜けば手が届いていた日本一の歓喜が、その指の間からするりとこぼれ落ちていく。 「選手たちは本当に苦しい群馬を勝ち抜いていきながら、いろいろなことがありました。そういった中で凄く選手たちが粘り強く戦った結果、ここまで来れたので、選手たちはこの短期間で非常に成長しましたし、良くやってくれたと思います。あと1つ、勝たせてあげたかったです……」(川崎フロンターレU-18・長橋康弘監督) 想定外のアクシデントに見舞われ続けた群馬ラウンドを逞しく勝ち抜き、ファイナルまで駆け上がってきた川崎フロンターレU-18の真夏の冒険は、誰もが想像もしていなかった結末が、最後の最後に待ち受けていた。 川崎F U-18のクラブユース選手権は“試合中止”からスタートした。7月22日。グループステージ初戦のヴィッセル神戸U-18戦は、天候不順のためにキックオフされることなく、休息日になっていた2日後へと順延。この時点で彼らは3連戦を強いられることが決定する。 23日。実質の初戦となったブラウブリッツ秋田U-18戦も、雷雨の影響でキックオフ時間が20分遅れることに。試合は12分にFW恩田裕太郎(2年)のゴールで幸先よく先制したものの、そこから2失点を喫してまさかの逆転負け。今大会からグループステージは1位のみが突破というレギュレーションになったため、チームはいきなり窮地に立たされる。 24日。神戸U-18との一戦は、恩田に2試合連続ゴールが生まれて、1-0と辛勝。2試合を終えた時点で、グループBは全4チームが勝点3で並ぶ大混戦に。ただ、川崎F U-18は首位に立っていたサガン鳥栖U-18より得失点差で「1」下回っていたため、最終戦の鳥栖U-18戦に勝利することは準々決勝進出の最低条件だった。 25日。この日も群馬の夕刻は、激しい雷雨に見舞われる。同会場で17時開始予定だったグループAの試合は中止に。19時キックオフの2試合目も試合開催の可否が協議される中、選手たちはチームバスに乗って、その決定を待つ。最終的には当初の予定通りの試合開始が決まったものの、そのメンタルコントロールが簡単であるはずがない。でも、やるしかない。3連戦の3試合目。川崎F U-18のイレブンは決戦のピッチへと向かっていく。 前半から攻勢を強めるものの、なかなかゴールは奪えない。0-0で迎えた後半の飲水タイム。選手たちは他会場の神戸U-18が2-0で勝っているという報せを聞く。得失点差と総得点を考慮すると、3点が必要な状況を突き付けられたが、「『ここから巻き返すぞ』という空気がチーム全体に流れていました」とその時の雰囲気を恩田が振り返る。 ドラマは最後の15分間に集約される。59分、林駿佑。60分、平塚隼人。67分、香取武。そして70+4分、恩田。結果的に3-0で勝利を収めた神戸U-18を得失点差で「1」だけ上回り、川崎F U-18のグループステージ突破が決まる。 「凄いですね。よく頑張りました。『やってくれるな』という気はしていました。ただ、さすがに3連戦で、気持ちだけでどこまで行けるかというところは心配だったんですけど、私の想像を彼らは遥かに上回りました。素晴らしかったです!」。試合後。チームを率いる長橋康弘監督が、興奮気味にそう話していた姿が印象深い。 27日。ようやく1日の休息を挟み、大宮アルディージャU18と激突した準々決勝は恩田、知久陽輝、土屋櫂大、楠田遥希がゴールを重ね、またも4-0で快勝。川崎F U-18は味の素フィールド西が丘で行われるセミファイナルを戦う権利を、力強く手繰り寄せる。 「日程の変更だったり、キックオフ時間のズレだったり、もしかすると雷で中断してしまうのかなとか、選手たちもいろいろなことを絶対に考えるはずなんですよね。そういった中で、この短期間で選手たちが凄くタフになったなと思います」。指揮官はそう言って胸を張る。とにかく過酷な群馬ラウンドを勝ち上がっていく中で、気付けば選手たちはかつてないほどの逞しさを身につけていた。 29日。川崎F U-18は瀬戸際まで追い詰められていた。今大会を席巻したアビスパ福岡U-18との準決勝。後半に入って一気に出力を上げた相手の攻撃に耐え切れず、63分に先制を許すと、以降は攻めても、攻めても、ゴールが遠い。所定の80分間が終わっても、スコアは0-1のまま。だが、選手たちは信じていた。自分たちの真価を。自分たちの奇跡を起こす力を。 「グループステージの鳥栖戦も最後の15分で4点決めて追い上げたので、そのことがみんなの自信になっていたというか、『まだまだ全然やれる』という声がみんなから飛び交っていたので、僕からは何も言うことがなかったですね」。そう口にしたキャプテンが、チームを土壇場で生き返らせる。 80+3分。右サイドで柴田翔太郎がボールを持つと、土屋は一瞬でゴールの匂いを嗅ぎ分ける。「柴田が左足で切り返した時は、『もう絶対ニアのあそこにボールが飛び込んでくる』と思いましたし、彼を信じていました」。狙いはニアサイド。懸命に頭で触ったボールは、ゆっくりとゴール左スミへ吸い込まれていく。 「今日は『まだ追い付けるな』という自信しかなかったので、それがあのゴールという形に繋がったのかなと思います。もう感覚です!気持ちで押し込みました!」(土屋)。起死回生の同点ゴール。奇跡的に追い付いた川崎F U-18は、9人目までもつれ込んだPK戦を制して、とうとう決勝へと勝ち進む。 「今年の選手たちは『何かをやってくれる』と凄く信じられる部分があって、群馬で起きたこともまだ信じられないところもありますし、彼らは凄い力を持っているなと思っています」(長橋監督)。ようやく辿り着いた最後の試合。追い求め続けた日本一までは、あと1勝。 31日。決勝当日。西が丘の上空には黒い雲が立ち込めていた。程なくして降り出した雨は勢いを増し、雷鳴が轟き始める。18時に予定されていたキックオフ時間は、数回の変更を余儀なくされた末に、20時15分までずれ込み、試合は40分間のみで争われることになる。 「自分たちはアクシデントを乗り越えてここまで来ましたし、それに左右されることなく、変わった環境に向かって気持ちを乗せていくだけだったので、最高の準備ができたと思っています」(柴田)。水色のサポーターがゴール裏から大声援を送る中、川崎F U-18の選手たちが雨上がりのピッチに現れる。この夏の『最後の40分間』にすべてを懸ける心の準備は、もう十分すぎるぐらい整っていた。 試合終了を告げる笛の音が聞こえると、水色のユニフォームを纏った選手たちは、天を仰ぎ、その場に立ち尽くす。信じられない結末を、誰もが一様に受け止め切れない。あと5分、あと5分だけ守り抜けば手が届いていた日本一の歓喜が、その指の間からするりとこぼれ落ちていく。 19分。G大阪ユース、先制。24分。川崎F U-18、柴田、同点。29分。川崎F U-18、香取、逆転。40+2分。G大阪ユース、同点。40+6分。G大阪ユース、逆転。最後はアディショナルタイムに2点を奪われ、力尽きた。 「悔しいです。優勝させてあげたかったですね」。取材エリアに現れた長橋監督はそう口にして、小さく息を吐いた。 「選手たちは本当に苦しい群馬を勝ち抜いていきながら、いろいろなことがありました。そういった中で凄く選手たちが粘り強く戦った結果、ここまで来れたので、選手たちはこの短期間で非常に成長しましたし、良くやってくれたと思います。あと1つ、勝たせてあげたかったです……」。常に選手のことを一番に考える指揮官らしい言葉が続く。 試合終了の瞬間に思ったことを問われると、少し上を向いて考えたあと、声を振り絞る。「うーん、まあ、本当に……、選手たちがかわいそうだなというところを凄く思ったんですけれども……、ただ、相手も同じ条件でやっていますし、振り返ればここの球際で負けていなかったらとか、簡単にコーナーキックにしていなかったらとか、最後のファウルのところも引っかかった、引っかかっていない、ということではなくて、難しい部分はあったんですけれども、まだまだ改善の余地はあると、終わってすぐに思いました」。大会を通して天候やレギュレーションに翻弄されたことに対する不服や不満を、長橋監督は最後まで一切口にしなかった。 群馬ラウンドで行われたグループAの全6試合のうち、70分間の試合が成立したのはわずかに2試合のみ。アルビレックス新潟U-18は前半だけで打ち切られた初戦に敗れ、2戦目は試合中止で0-0での引き分け扱いとなったため、一度も70分を戦うことがないまま、最終戦を待たずに敗退が決まってしまったのだ。 大宮U18の丹野友輔監督が、1日順延となったグループステージ最終戦で突破を決めた試合後に話してくれた言葉を、改めて引用させていただく。「今日も急遽図南クラブの子どもたちが運営のサポートをしに来てくれていましたし、そういうボランティアでやられている方がいらっしゃったからこそ試合ができたので、そういう人たちへの感謝を選手にも伝えていきたいと思います。だから、一概に運営が全部ダメだったとは思って欲しくないですし、一生懸命やってくださった方たちがいることを、我々もちゃんと理解しないといけないのかなと。まずは選手の安全が第一で、安心して選手が思い切りプレーできる環境を与えてあげることが、一番我々大人がやらなくてはいけないことなので、この経験を来年以降に生かしていっていただけたらなと思います」。 大阪、山口、宮崎という他の3会場とは明らかに置かれた状況が異なる中で、川崎F U-18は数々の予期せぬ事態に直面した群馬ラウンドの勝者として、他の7チーム分の想いも背負って戦っていたことは、きちんと記しておきたい。 シーズンはまだまだ続く。しばしの休息を経て、彼らはまたプレミアリーグを戦う日常に戻っていく。土屋はキャプテンらしく、こう言い切った。「まだこのクラブユースで自分たちの最終学年が終わったわけではないので、本当に今日の試合の悔しさを忘れずに、もっともっとこの1か月で努力して、プレミアリーグで優勝して、ファイナルでも優勝して、サポーターたちと最後は笑顔で終えられるように頑張っていかなきゃなって思います」。 7月の群馬と東京をみんなで駆け抜けた冒険は、彼らに想像もしていなかった経験と、想像もしていなかった成長をもたらした。この楽しくて、悔しくて、長いようで短かった10日間が、忘れ難い思い出になる時は、いつの日かきっと来る。全力で戦い切った真夏の余韻に少しだけ浸りながら、川崎フロンターレU-18の選手たちは再び前を向き、未来への一歩を踏み出していく。 ■執筆者紹介: 土屋雅史 「群馬県立高崎高3年時にはインターハイで全国ベスト8に入り、大会優秀選手に選出。著書に『蹴球ヒストリア: 「サッカーに魅入られた同志たち」の幸せな来歴』『高校サッカー 新時代を戦う監督たち』