9年ぶりの優勝は叶わなかった広島。それでもクラブが繋いできた歴史と「継続」は、確かな実力となって表われた【番記者コラム】
積極補強の背景には新スタジアムの存在
一方、近年の広島は即戦力の補強が多い。昨季の加入選手は加藤陸次樹とマルコス・ジュニオール、今季は大橋祐紀や川辺駿、トルガイ・アルスランにゴンサロ・パシエンシア。広島ユースが輩出したルーキーの才能たちだけでなく、外部から優秀な人材を獲得する努力も惜しんでいない。 もちろん、加藤や川辺は広島ユース出身ではあるが、加藤は昇格も、大学卒業後の広島加入も叶わず、広島に「憎しみを感じていた」と言うほどの感情を持っていた人材。川辺は広島から欧州に飛び出し、スイスやベルギーで結果を出して高額な移籍金を設定されていたタレントだ。 当然、選手獲得には多額の予算がかかる。昨年度決算も赤字、史上最高の70億円突破の売上が見込まれる今期も利益創出は容易ではない。それでも積極補強を敢行した背景には、待望の新スタジアム「エディオンピースウイング広島」の存在がある。 久保允誉会長が社長に就任した1998年からずっと、将来ビジョンとして語り続けてきた街中のサッカースタジアムが完成する2024年シーズン、どうしてもタイトルを獲りたい。その熱意があるからこそ、クラブは厳しい経営事情でも予算をやりくりして人材を集めた。世界的によく知られた指導者であるスキッベ監督の招請も、その一環。今季、大橋や川村拓夢、野津田岳人らが海外に活躍の場を移した時もクラブはすぐに動き、大型補強を実現した。それも「2024年」という意味をしっかりと理解していたからで、言わば歴史的な事業だったのだ。 毎試合、チケットのソールドアウトが続くエディオンピースウイング広島の動員は平均2万5600人とクラブ史上初めて平均2万人を超えて過去最多。J1で広島よりも動員が多いのは、浦和、FC東京、名古屋、G大阪の4チームであり、スタジアム収容率は驚異の90パーセント(リーグ首位)。前述した売上70億円突破(前年度は約42億円)も、街中スタジアムによる観客動員の増加を抜きにして考えられない。そして、このクラブ体力の増強と成績は当然、リンクしているわけである。 繰り返すが、歴史は常に繋がっている。 広島が設立時に打ち上げた「育成型クラブ」の看板に実体が追いつくまでには約10年の月日がかかった。だが、今やユース出身者は15人を数え、高校・大学のチームから新卒で広島に加入した選手も含めると18人が「広島育ち」だ。アカデミーでも、スクールコーチとして駒野が活躍するなど、ユース出身者の指導者が6人、仕事をしている。 主導権を握る攻撃的サッカーにしても、その時々で戦術的な揺らぎがあるにしても、21世紀に入って以降、コンセプトそのものに揺れはない。「2024年」は最終節まで優勝争いを繰り広げたが、9年ぶりの戴冠は叶わなかった。だが、広島の躍進は魔術でもなんでもなく、クラブとして続けてきた「継続」が、様々な化学変化を起こした結果だ。 取材・文●中野和也(紫熊倶楽部)