「尊厳死」求めて旅立った韓国人たち【寄稿】
オランダは2002年、世界で初めて医師が患者に薬品を投与する方式の尊厳死を合法化した。スイス、ベルギー、ルクセンブルク、スペインなどでも、オランダと同水準の尊厳死を許容している。特にスイスは外国人の尊厳死を認めている。米国の場合は10州ほどで医師の助けを得ての尊厳死を許可している。 イ・ソクテ|元憲法裁判官
2022年6月に「ホスピス・緩和医療および臨終過程にある患者の延命医療決定に関する法律」(延命医療決定法)の改正案として発議されたが、期限超過で廃案となった「助力尊厳死に関する法律案」(助力尊厳死法案)が、7月5日に独立法案として発議されると、これまで静かだった尊厳死論争に再び火がついた。安楽死という名でも呼ばれ、不治の末期患者が医師の助けを得て自ら死を選ぶ尊厳死は、すでに欧米の一部の国家では合法的に施行されている。オランダは2002年、世界で初めて医師が患者に薬品を投与する方式の尊厳死を合法化した。スイス、ベルギー、ルクセンブルク、スペインなどでも、オランダと同水準の尊厳死を許容している。特にスイスは外国人の尊厳死を認めている。米国の場合は、10州ほどで医師の助けを得ての尊厳死を許可している。 尊厳死(death with dignity)は、患者自身の意志に基づいて人間の尊厳を守って死ぬという意味からそのように呼ばれ、生命を短縮する過程で患者の苦痛を減らすという広い意味で用いられる安楽死(euthanasia)と対比される。延命医療決定法の第3条第1項は「ホスピスと延命医療および延命医療の中断決定に関するすべての行為は、患者の人間としての尊厳と価値を侵害してはならない」として、人間の尊厳の尊重を明文化している。2023年3月、スイスのある自死幇助団体の加入者の統計によると、韓国人4人が医師の助けを得て死亡し、117人が待機中だ。これは、日本(48人)、台湾(49人)、中国(58人)の2倍の水準で、アジア諸国のなかでは最多であり、全97カ国中でも11番目だという。 このような尊厳死の形態には2種類ある。一つ目は、末期患者が医者に要請し、医師が直接患者に薬品を投与するなどして死にいたらしめるケースであり、二つ目は、患者の要請で医師の処方を受け、患者自身が薬品を服用して死亡するケースだ。今回の発議案は、死を控えた患者が、耐え難い苦痛を訴え自ら意志を表明する前者のケースにのみ、医師が死に至る薬品を処方するよう明記した。この法案は、既存の延命医療決定法から一歩進み、延命治療を中断するかどうかに関わらず患者の意志のみで医師の助けを得て患者の死を可能にするという点で違いがある。この制度が施行されれば、これまでの延命治療中断要請書の代わりに、患者自身の意志が重要になるため、それが不明だったり、そのような意思能力が疑われる場合など、死を望む患者の意志が本物かどうかが焦点となる可能性がある。 世論調査機関の韓国リサーチは2022年7月、助力尊厳死の導入が議論された際に、韓国の成人男女1000人を対象にアンケート調査を実施している。当時、助力尊厳死の立法に賛成する意見は82%に達した。これは、ソウル大学病院家庭医学科の教授チームが2021年3月から4月まで、19歳以上の大韓民国国民1000人を対象にした安楽死・医師による自殺幇助(ほうじょ)に関するアンケート調査の結果に近かった(賛成76.3%)。 これに対して、医療界や宗教界などは反対の立場を示している。医師協会は「社会的議論と合意が不足した状況では、混乱だけを招くことになり、合法的な自殺を許容する決定を下すリスクも高い」とする意見を出した。宗教界は、助力尊厳死法案は結局のところ自殺を助ける立法だとして、生命の価値の尊重に反し、患者の人権を侵害するとする立場を前面に掲げている。生命は神から与えられたものであり、神の意志によらずには生命を処分できないという趣旨だ。 米国の法哲学者であるロナルド・ドウォーキンは著書『ライフズ・ドミニオンー中絶と尊厳死そして個人の自由 』で、人は自身と関係する事項に関して「享有的利益」と「批判的利益」を持っており、尊厳死は批判的利益と関係があるという。映画鑑賞やゴルフなどの個人的な好き嫌いが享有的利益の例だとすれば、やりがいがあって価値のある一生など、人生を意味の観点で全人格的にみることが批判的利益の例となる。したがって、不治の疾患と向きあう患者が生を単純に維持する享有的利益をあきらめ、死を選択する理由は、それがその人が守ってきた人生の価値、すなわち批判的利益と関係するからだ。この観点は、苦痛をともなう延命の代わりに、生活の質を重視する立場として尊重されなければならない理由があると、ドウォーキンは主張する。ドウォーキンはさらに生命の内在的価値を考慮するが、この立場では、神ではなく生命の内在的価値から尊厳死の根拠を引きだす。 韓国の憲法裁判所は2009年11月、延命治療の中断に関する事件である2008憲マ(憲法救済型憲法訴願)385の決定で、「延命治療とは、医学的な意味で治療の目的を喪失した身体侵害行為が継続的になされるものだと言え……たとえ延命治療中断に関する決定およびその実行が患者の生命短縮を招くとしても、これを生命に対する任意的処分としての自殺とは評価できず、むしろ……自身の生命を自然的な状態に任せようと考えるものだとして、人間の尊厳と価値に符合する」と判示したことがある。1月に憲法裁判所は尊厳死問題を本格的に扱うことにした。尊厳死が必要だという世論が少なくないにもかかわらず、国会が尊厳死関連法案を設けず、国民の基本権の保障のための立法義務に違反したかどうかを確認するためだ。請求人側は、現行法には尊厳死を許容する根拠がなく、尊厳死を助けたり放置する場合、殺人や自殺幇助容疑で処罰を受ける可能性が高く、幸福追及権と自己決定権を侵害していると主張する。 2018年5月、オーストラリアで最高齢の科学者だったデイビッド・グドール(死亡当時104歳)は、死亡前日に記者会見を行った後、翌日にスイスに渡り、スイスの法によって医師の助けを得て尊厳死の方法で生涯を終えた。カトリック信者であるオランダのドリス・ファン・アフト元首相夫妻は2月、オランダ法によって一緒に尊厳死で亡くなった。これらの人たちが、意識が明瞭な状態で自分たちの意志によって、延命治療よりもこれまで積み重ねた名誉と人間の尊厳を守るために、尊厳死を選んだことは明白だ。いまや韓国社会も、死が近い患者の苦痛を減らす消極的観点から進み、生活の質と価値、意味を考える積極的観点で真剣に尊厳死を議論する時になった。 イ・ソクテ|元憲法裁判官 (お問い合わせ japan@hani.co.kr )