約10年間の介護を経た人気アナウンサーが、全ての“ケアラー”に伝えたいことを詰め込んだ一冊『受援力』
AERAで連載中の「この人のこの本」では、いま読んでおくべき一冊を取り上げ、そこに込めた思いや舞台裏を著者にインタビュー。 【写真】全ての“ケアラー”に伝えたい『受援力』はこちら 『受援力』は介護に追い詰められないために全てのケアラーに伝えたいことを詰め込んだ、渾身の書き下ろし。自身の介護経験を述べつつ、大変な状況に置かれているケアラーを慮りながら、「突然直面する介護への心構え」や「介護と仕事・学業との両立」など、介護生活を乗り切るためのヒントを熱く語る。著者の町亞聖さんに同書にかける思いを聞いた。 * * * 『受援力』というタイトルは初めから決めていたという。 「ケアラーになって困った時、誰もが『助けて』って言える社会になってほしいという思いを込めています」 町亞聖さん(53)はそう話す。受援力は、困った時に誰かに助けを求める力のこと。 1990年1月、町さんが高校3年生の時、当時40歳の母親がくも膜下出血で倒れ、車椅子生活になった。父親は「何もやらない人」で、この時から炊事、掃除・洗濯、弟妹の世話、母の看護が町さんの双肩にかかった。今で言う「ヤングケアラー」だった。 だが、介護保険制度もヤングケアラーという言葉すらなかった時代。元々誰かを頼ることが苦手だったこともあり、弱音を吐けず、歯を食いしばって頑張った。大学卒業後も、アナウンサーの仕事と介護を両立させてきた。その後、母親はがんを患い99年11月、50歳を前に旅立った。 本書は、そんな町さんが高校3年生からの約10年間を振り返りながら、全てのケアラーに伝えたいことを詰め込んだ渾身の書き下ろしだ。 介護保険制度が始まって24年、国もようやくヤングケアラー支援に乗り出してきた。介護に関することは各自治体にある地域包括支援センターが相談に乗ってくれ、ヤングケアラーになった時は奨学金や生活困窮者自立支援制度もある。それでも、いまだにケアラーになった時「SOS」を出せる人は少ない。ヤングケアラーは進学を諦め、会社員は介護のため仕事を辞める。介護や看護に疲れた介護殺人も後を絶たない、と指摘する。