歯並びが悪くても、じつは「矯正が必要」とは限らない「深いワケ」…歯科医が教える歯列矯正の「隠れたリスク」
意外に知られていない「あえて矯正しない選択」
ここまで読んで、では、自分の歯は矯正する必要があるのか。どう判断すればいいか分からないと感じるかもしれません。私の答えは「患者さんが困っているのならした方がよい」です。例えば矯正の第一目的は審美であるべきだと書きましたが、いわゆるすきっ歯であっても気にならないのなら矯正する必要はないということです。 矯正は年齢が上がるほどハードルも上がります。年齢を重ねるにつれて、歯が動きにくくなったり、歯がすり減ったりしてしまうためです。個人差はありますが、20代までと40代以降が矯正のみで同じ見た目を目指すのは難しくなるということも考慮すべきでしょう。 もちろん、不正咬合を放置することによって、咀嚼への影響による健康リスクや歯を失うリスクなどは高まります。実際、不正咬合の下顎前突の人で8020(80歳までに自分の歯を20本残そうという運動)を達成した人は1人もいないというデータもあります。しかし、極端なことを言えば、矯正すれば必ず歯を20本残せるとも言い切れないわけです。 このようなことからも、私自身は矯正を絶対にした方がいい、選択肢は矯正しかないというケースは決して多くないと考えています。実際、どの歯科医が診ても矯正を勧めるのは噛み合わせが完全にずれているような特殊なケースであり、該当する患者さんはそれほど多くありません。 当院では患者さんに矯正による見た目の変化や管理のしやすさなどのメリットと、このまま矯正しないことによるリスク、さらに将来、リスクに対応するための選択肢を示しています。例えば将来、歯を失ってしまった場合の選択肢として、インプラントなどの治療法がある、というようなことまでお話するようにしています。
虫歯や歯周病も治療しなくていいケースがある
「あえて治療しない選択」は、お口の中の2大疾患と言われている虫歯、歯周病にもあります。 例えば奥歯の溝の部分が一筋黒くなっている「C1」と表記される初期の虫歯は、治療しなくても10~20年進行しないケースも少なくないのです。虫歯の場合、治療するとなると、どんなに小さくても削る必要が出てきます。そうやって治療した後に新たな問題が発生する可能性はゼロではありません。すると歯へのダメージは現在の虫歯の面積よりも大きくなってしまうため、それなら今は様子を見た方がいいだろうという判断から治療しないこともあります。 歯周病については軽度の場合はクリーニングで済みますが、中等度の場合は外科治療、重度の場合は抜歯となるケースがほとんどです。しかし、重度であっても痛みや腫れもなく、しっかり噛めているというケースもあり、そういう場合には抜歯を避けて歯を長持ちさせるための定期的なケアを行っていく「SPT」(サポーティブペリオドンタルセラピー)が一般的になっています。例えば歯周病の重度のファーケーション(歯根と歯根の間にできる病変)についてもSPTをしっかりやれば、抜歯することなく15年維持できるというデータもあります。 虫歯や歯周病で積極的な治療をしないケースを紹介しましたが、判断の大きなポイントとなるのが年齢です。やはり若いうちは歯の石灰化が未熟、つまり表面のエナメル質が未熟で虫歯の進行が早いです。一方、歯周病は高齢になるほど進行のリスクが高まります。 もちろん、どのケースも放置していいということではありません。ケースによりますが、毎月~6カ月ごとに歯科医院でチェックしてもらうことをおすすめします。
永田 浩司(医療法人社団アスクラピア 統括院長 歯科医師)