三谷幸喜監督作品、最も面白かった映画は? 「名演技を引き出す魔法」を解説。一方、酷評された作品も…過去作をプレイバック
映画『記憶にございません!』(2019)から5年ぶりとなる、三谷幸喜監督の最新作『スオミの話をしよう』が公開中だ。今回は、観る者を惹きつける三谷監督作品を、映画デビュー作『ラヂオの時間』(1997)から辿り、演出術、キャストとの絆、挫折と挑戦を解説しながら三谷映画の深層に迫る。(文・田中稲)
デビュー作『ラヂオの時間』から感じる「願い」
三谷幸喜の映画デビュー作は、1997年の『ラヂオの時間』。ラジオドラマ脚本が採用された主婦みやこ(鈴木京香)がスタジオ収録に立ち会うも、演者のわがまま、業界の事情によって、シナリオが変えられまくってしまう、というストーリー。「台本の通りにしてくださーい!」と泣き叫ぶみやこは、本当に気の毒であった。 これは三谷監督が初めて書いた連続ドラマ脚本『振り返れば奴がいる』(フジテレビ系、1993)が、知らない間に書き換えられていた、という実体験をもとに書かれたというのは有名な話だ。 脚本家、上司、広告主など、全方位を立てようと奔走し、振り回されるディレクター、牛島(西村まさ彦)が、台本を変えられ「いっそ(作者として)自分の名前を呼ばないでほしい」と怒るみやこを説得する、こんなセリフがある。少し長いが書き留めたい。 「我々が、いつも自分の名前を呼ばれるのを満足していると思っているんですか。アンタだけじゃない。私だって名前を外してほしいと思う時はある。しかしそうしないのは、私には責任があるからです。どんなひどい番組だって、作ったのは私だ。そっから逃げることはできない。満足できるものなんてそう作れるもんじゃない。妥協して、妥協して、自分を殺して作品を作り上げるんです。でも、いいですか。我々は信じてる。いつかはそれでも、満足できるものができるはずだ。その作品に関わった人と、それを聞いたすべての人が、満足できるものが」――。 これは、三谷監督の、作品作りにおいての願いのようにも思えるのだ。
三谷幸喜が仕掛ける「名演技を引き出す魔法」
三谷映画の1番の特徴が、豪華なキャストである。 『ラヂオの時間』の肩にセーターを掛けた、いかにも業界チックなプロデューサー役、工藤をつとめた唐沢寿明は常連だろう。 彼の威圧感は三谷映画でブレることなく生かされている。『みんなのいえ』(2001)で演じた鼻につくデザイナーは、まあイラつくこと、イラつくこと! 『ザ・マジックアワー』(2008)でも、1番いけ好かないパターンの大御所俳優を演じ、ワンシーンながら強烈なインパクトを放っている。 三谷監督に大いに遊ばれ新境地を開いたのが、佐藤浩市だ。 『ザ・マジックアワー』で、備後(妻夫木聡)に騙され、一匹狼の殺し屋「デラ富樫」を演じる売れない役者・村田役は世間に衝撃を与えた。 この映画の完成披露会見で、三谷監督が「誰が今まで佐藤浩市がトランポリンで上下運動を繰り返すことを想像できたでしょうか」とアピールしていたが、まさに、である。 予告編にも使われた、ナイフをベローッとなめて天塩(西田敏行)を威嚇するシーンも良かったが、やはりベストは備後に台本なしで芝居をすることを告げられた時の「オールアドリブかよ!」とのけぞる表情だろう。 私は勝手に映画史上に残る名演技だと思っている。驚きと呆れ、そして未知なる挑戦への喜びが混在し、彼のコメディーセンスが類稀なるものだと証明している。