イブラヒム・マーロフが語る、戦争で破壊されたレバノン文化を祝福するファンファーレ
戦時下に喜びのダンスミュージックを奏でる意味
戦時下に喜びのダンスミュージックを奏でる意味 ―個人的に、今作は全体的にレバノン由来の雰囲気をこれまで以上に強く感じました。例えば、結婚式で演奏されるファンファーレのような、コミュニティに根付いた音楽が散りばめられているようにも思います。 IM:ファンファーレはまさにぴったりなアイディアだった。父がミュージシャンの道を進んだのも、父からトランペットを教わったのも、すべてのきっかけはファンファーレだったから。今までの全アルバムを振り返っても、一作ずつまったく異なるテイストなんだ。言うなれば、SF、歴史、哲学……一人の作家が一冊ずつ違うジャンルを書いている感じかな。今回も今までやったことのないテイストでやろうと決めてたし、この音楽をやるなら今だとも思ったんだ。要はタイミングだよ。 戦争でレバノン文化の大部分が崩壊しつつある今、僕らのルーツが忘れ去られようとしている。僕はこのアルバムを通して、レバノンの文化を思い出してもらいたいんだ。批判に怯えることなく、自分たちの文化に誇りを取り戻してほしい……とはいえ、テロリストや過激集団がいる以上、アラブ人としてそれすら難しい時代だけどね。アラブの文化がいかに美しくすばらしいものか忘れられている今だからこそ、「僕らは胸を張っていいんだ」って誇りを取り戻してほしい。ルーツに立ち戻ってもう一度見つめ直してほしい。1925年にウェディングで演奏されたファンファーレ、それは僕らの思い起こすべき祝福の時間なんだ。 ―100年前に演奏されていたウェディングのためのファンファーレ。それはあなたが子供のころに慣れ親しんでいたものなんでしょうか? それともリサーチをして学んだもの? IM:慣れ親しんだものだったよ。そうそう、このアルバムのアイディアはウェディングに限ったことじゃないんだ。ウェディングをイメージしてはいるけど、家族とのランチやディナータイムだってそう。僕が幼い頃、日曜日には両親の友人が家にやってきて、みんなでよくランチパーティーをしてた。ミュージシャンが家にやってきて、踊って歌って……そんな日常を過ごしてたんだ。僕らは、戦時下はなおさら、喜びを感じられることならどんなことだってやるんだ。レジリエンス(resilience)っていう言葉があるように、人は悲惨な状況を乗り越えようと困難を生き抜くパワーを備えている。僕は空爆の最中に生まれた。母がいた病院は爆撃されて、そんな状況で僕を産んだ。だから、生きる力は僕にとって使命だと感じている。悲惨な戦争の渦中でも、僕らは音楽とともにあらゆる喜びを生活の中に見いだしていた。ウェディングはあくまでシンボリックなもの。大きな祝福のメタファーみたいなものだね。 ―いろんな意味で大変な状況にあるレバノンですが、その状況下で、あなたの記憶に残る美しいレバノンの歴史を、あなたのようなスターが記録して伝えようとしているわけですよね。 IM:もちろん。僕には3人の子供がいて、末っ子は1歳で、一番上は15歳。子供たちに何が残せるかいつも考えている。僕らが大切にしてきた生活、人生のお手本になるようなもの……結局のところ、ミュージシャンとして僕が残せるのは何か大事な意味を持つ「音楽」だと思ってる。僕はまだそれほど年老いてないけど、僕には未来の希望を見せる責任があって、音楽ってまさに希望の力の結晶だと思ってる。だから、「どうして音楽をやるのか? なぜ大事なのか? 文化を混ぜ合わせることの重要性は?」そういうメッセージを込めることは、僕の音楽にとって重要なことなんだ。 それからもう一つ、音楽を作る時に心掛けているのは、全世代の人たちに愛されるような音楽を作ること。実際どの国を訪れても、僕のライブには小さな子供たち、大人からお年寄りまで、全世代の人たちが観にきてくれている。昨日は、99歳のおばあさんがオーディエンスの中にいて、飛び跳ねて踊っていたよ。音楽は年齢や国籍、文化を問わず、それぞれに楽しい時間を与えてくれる。若者たちに社会的な価値観を伝えると同時に喜びを与える、美しい社会を築く唯一の機会を与えてくれる。そうでなければ、音楽はただの退屈なものになってしまう。まさにさっき話したとおり、僕が音楽でやっていることは、より良いものを築くために文化を交流させて、後世へと受け渡していくことなんだ。 ―最後に、ブルーノート東京での来日公演はどのようになりそうか教えてもらえますか? IM:それについて、僕から質問があるんだ! ―なんでしょう(笑)? IM:知ってのとおり、僕は日本ではまだ数回しか演奏したことがない。前にやった時は僕も若くて、シャイで、日本のオーディエンスをよく知らなかった……みんなとどうやって繋がればいいか分からなかったんだ。もちろんブルーノートがどういう場所か知ってる。立派な人たちがジャズとか聴いてる感じだよね? でも今回のライブでは、みんなに踊ってほしいんだ! 飛び跳ねたり、一緒にダンスしてほしいんだけど……それってできると思う? みんなはやってくれる? ―この前、ケニー・ギャレットは途中で「全員立て!」と言ってましたよ。 IM:よしっ!(両手でガッツポーズ) ―ははは(笑)。 IM:(2012年に)東京JAZZに出演した時のこと、オーディエンスがどれだけリスペクトフルだったかよく覚えてる。みんながちゃんと音楽を聴いてくれてた。そういう光景ってもはやヨーロッパでは見られないんだよ。みんな隣の人と喋ったり、電話したり(笑)。だからすごくありがたい。でも同時に、一緒に歌ったり踊ったりできたらいいよな、とも思うんだ。だから質問に答えるなら、今回は楽しい時間を一緒に過ごせるライブになる。みんなが踊ったり、歌ったり、騒いだり、一緒にしてくれたらいいなと願ってる。それが僕のライブだからさ。みんなが受け入れてくれたらいいんだけど。 ―ええ、踊ってくれると思いますよ。でも、歌わせるのは簡単ではないかも……日本人はシャイなので。 IM:大丈夫、歌詞はないから! みんな「ラララー」って歌えるよ。じゃ、ブルーノートでまた会おう! --- イブラヒム・マーロフ & THE TRUMPETS OF MICHEL-ANGE来日公演 2024年11月22日(金)~24日(日)ブルーノート東京
Mitsutaka Nagira