イブラヒム・マーロフが語る、戦争で破壊されたレバノン文化を祝福するファンファーレ
自分の文化に誇りをもつこと、異なる文化と交流すること
―話を伺っていると、そのクォータートーン・トランペットの存在や意義自体が、あなたがやっている音楽の哲学そのものって感じがしますね。 IM:まさにそのとおり。僕はその二つの文化のミクスチャーの中で育った。よくする話なんだけど、自分の文化を他の文化と交流させることは、決して自分の文化を諦めるということじゃないんだ。それは、自分の文化をさらに大きく発展させるために、新しさを取り入れるということ。 例えば、好きな人ができて、その人は自分とまったく違う性格だとしよう。言うまでもなく、その人と一緒にいるからって君の価値が変わったりはしない。それ以上に、その人は君が今まで知らなかった新しさをもたらしてくれる。例えば、シャイな君に緊張しないようにアドバイスをくれたり、音楽ができない君に「一緒にやろうよ!」ってきっかけを与えてくれたり、逆もそう。その人が料理ができなかったら、君が教えてあげたり……僕は自分の価値を信じて大事にしている限り、他国の文化と交流させたとしても、それは豊かにしかならないと思っていて。それは自信を持って言える。 僕の音楽はクラシック音楽と中東音楽の両方に深く根付いている。一方で、他の楽器を使ったり、ジャズはもちろん、ヒップホップ、エレクトロニック、ロック、ポップ、いわゆるワールドミュージックも聴いている。他ジャンルの音楽からも多くの影響を受けつつも、心に根差している価値を忘れたことは一度だってないよ。 ―あなたの活動は当初からクォータートーン・トランペットの普及活動と同義だったようにも思います。そこは2000年代から一貫してますよね。でも、今作で改めて「クォータートーン・トランペットを広めたい」ってコンセプトを打ち出したのは、何かきっかけがあったのでしょうか? IM:僕が7歳の頃のこと、「僕も父さんみたいにトランペットが吹けるかな?」って父に尋ねたことがあった。父は「ああ、できるさ」と言って、僕にクォータートーン・トランペットを渡してくれた。でも僕はこう言った。「いや、これじゃなくてみんなが持ってる普通のトランペットがほしい」って。すると父はこう答えた。「イブラヒム、私を信じなさい。これから20~30年経ってお前が大きくなる頃には、みんな私が発明したトランペットを吹いていて、お前一人だけが普通のトランペットを吹いているんだ。それでもいいのか?」。それで、僕はその言葉を信じて父のトランペットを受け取ったんだ。 ―もう最初からクォータートーンを演奏していたんですね。 IM:でも、35年経った今、現実はというと……父の発明には誰も見向きもしなかった。僕だけが父のトランペットを熱心に吹いてる。85歳を迎える父が叶えられなかったその夢のことが、ずっと僕の心残りだった。だから今作……あっという間に19枚目だよ! このタイミングで父の発明したトランペットを世界中のトランペット奏者に知ってもらいたい、それをするなら今だと思った。 さっきも少し話したけど、僕はいまフランスのトランペット職人と一緒にクォータートーン・トランペットを作っていて、新しいブランド”TRUMPETS OF MICHEL ANGE”(T.O.M.A.)を立ち上げたんだ。かなりの出来栄えで、僕もまさに愛用している。それから、無料でレッスンを受けられるインターナショナルアカデミー「TRUMPETS OF MICHEL ANGE INTERNATIONAL ACADEMY」も設立した。クォータートーン・トランペットを購入してくれた人の特典として、生涯の無料レッスン受講と、さらに僕と一緒にステージに上がって無料で演奏できるんだ。数カ月前にこのプロジェクトをスタートさせて、今では世界中で約300人の人たちが購入してくれた。昨日(※取材日の前日)、ちょうどコンサートがあって、その中の12人と早速ステージで一緒に演奏をしたよ。レバノンに住んでいる父にその光景を見せてあげたくて、録画して送った。「ほら、見て! 父さんのトランペットが世界中で吹かれてる。夢が叶ったよ!」って。 ―素敵な話ですね。そのクォータートーン・トランペットですが、構造や特徴をもう少し聞かせてもらえますか? IM:ちょっと待ってて。トランペットを持ってきて見せるよ……これがクォータートーンを出すところ(第一ピストンバルブの横にある、クォータートーンのピストンを指さしながら)通常のトランペットにはないよね。ここを押すと、クォータートーンに下がるんだ。 試しにやってみよう。(メジャースケールを吹く)これはドレミだね。次はマイナー。(マイナースケールを吹く)そのちょうど中間がクォータートーン。(ピストンを押しながらクォータートーンを吹く)これはEとEフラットのちょうど中間。 もし僕がジャズを演奏するなら(ジャズっぽい曲を演奏)このピストンを使う必要はない。次にクラシック。(曲を演奏)これも必要ない。でも、アラブ音楽、中東音楽を演奏するなら、(曲を演奏する)これは必須なんだ。この音は唇の動きだけでは出せない。クラシック、ジャズ、ヒップホップ……どんなジャンルでも、中東の要素を取り入れたい時にはクォータートーンを入れている。 ―変な質問ですが、その構造を使ったクォータートーン・トランペットならではの必殺技とかありますか? IM:(笑)幼い頃、父は僕にクラシック音楽で成功してほしいと望んでいた。まあ、親の願いって大抵そういうものだよね。いつも僕にトップを獲ってほしいと願っていたし、そのおかげもあって、25歳でクラシック音楽の数々のトランペット国際コンクールで優勝した。特にクラシック音楽はテクニックが重視されているし、受賞できたのはとても名誉なことだった。でも、その経験を経て僕の気持ちは変わったんだ。幼い頃からの僕の音楽の関わり方ってそうじゃなかったから。つまり、僕にとって何よりも大事なのは、音楽……いや音楽だけじゃなく人生にも言えることで、相手の心に響かせること。テクニックはもちろん魅力的だけど、それで人の心を響かせることはできない。今作では、テクニックや高度な技はできるだけ避けた。それよりも、聴いてくれる人たちの心に届くような心からのメッセージを形にすることに集中したんだ。 ―なるほど。 IM:僕のミッションは、異なるバックグラウンドを持つ人の心に響くような音楽を作ること。だから、僕にとってまったく違う文化を持ってる君とこうやって話すのはすごく大切なこと。日本、西洋、中東、世界には多様な文化があって、もし僕の音楽が日本に住んでいる人たちの心を揺さぶることができたなら、ミッションクリア。今作では一切のテクニックは脇に置いた。この特別なトランペットを握っていることすら忘れていたくらい。外部要因は一旦忘れて、世界中のみんなに伝わるような研ぎ澄まされたメロディを作ることに集中したんだ。だから、高度なテクニックを披露するような曲は一つもなくて、それよりも踊ったり歌いたくなるようなワクワクする曲や、ときに切なくて悲しくなるような心に響く曲を作った。それが音楽にできることだと思っているし、僕自身のルールなんだ。